第4話 召喚初日

 三十五の仕切りの中で、年齢も性別も、種族もさまざまな三十五の頭がうつむき、一心に手を動かしている。

 召喚試験は年に一度。受験資格に制限はない。

 ただし挑戦できるのは、一生のうち一度だけ。定められた期間中に「はじまりの契約」を結べなければ、召喚士の道は閉ざされる。

 ――永遠に。


「描き終えタ」


 試験開始からわずか半刻。講堂中ほどの仕切りから、浅黒く日に灼けた手が挙がった。

 筋骨たくましい体に、鷲の羽で作ったエスラ山岳族の伝統衣装をまとった男。名をドルトといい、部族の呪術師の息子だという。

 試験官のニッケが教卓から飛び降り、ドルトのそばにやってきた。


「始めろ」


 ドルトはチョークを手に屈みこみ、召喚陣の外周を閉じた。天を仰ぎ、鷲の羽に覆われた両腕を翼のように広げる。それから、朗々とした声で呼ばわった。


「天と地と、そのあわいを満たす空。三なる円もて我はぶ。

 雲より高く、時よりはやく駆ける者、

 我、いましと終生の契りを交わさん。

 我は汝に名を贈る者なり。我、汝をナスランと名づける。

 来たれ、ナスラン、我がもとへ!」


 瞬間、ドルトの足もとの召喚陣が黄金色に輝いた。陣の中央に金色の塵のようなものが現れ、ちらちらと輝きながら渦巻く。

 それは次第に膨らみながら形をなし、最終的に二対の翼を持つ鷲のような姿になった。


「ほう。こりゃ、アド・エスラじゃないか!」


 ニッセが珍しく感嘆の声を上げる。ドルトは浅黒い頬を上気させ、使い魔に腕を差し出した。

 黄金色に輝く鷲が、音もなくその腕に舞い降りる。

 同時に、アド・エスラが出現した召喚陣は、塵のように崩れて消えた。


「アド・エスラは我が部族の《トーテム》守護獣ダ」と、ドルト。「これデ、胸を張っテ故郷くにへ帰れる」

「受験者ドルト、合格! その陣が末永くまどかならんことを!」


 ニッセが決まり文句を叫び、その場にいたすべての生徒たちが「弥栄いやさかに!」と唱和する。

 ドルトは使い魔を連れて去り、講堂には三十四人の生徒が残された。


「うおー、のっけから派手なの来たー!」

「やっぱ飛ぶ系、カッコいいよな」

「てかアレ、人の言葉喋れんの?」


 ひとしきりざわつく生徒たちを、ニッケが「静かに!」と一喝する。


「他人の使い魔をどうこう言うより、自分の陣に集中せんか!」


(ほんとにそうだ)


 カイラは、ふるふると頭を振って自分の陣に注意を戻す。

 陣はあらかたできていた。あとは使い魔の属性を表す紋様と、名前を書き込めば完成だ。

 出来栄えは決して悪くない。

 悪くはないが――……。


(昨日のほうが、良く描けてた)


 陣を描いていたときの、あの感触。頭の中がしんと静まるような、周囲の物の輪郭が、妙にくっきり見えるような。

 あの感覚を取り戻せたら、もっと上手く描けるのに。

 無意識に眉をひそめながら、カイラは手を動かし続ける。

 その気持ちこそが雑念だとは、ついぞ気づかないまま。

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