ショートショート「シャバの空気は」
あめしき
ショートショート「シャバの空気は」
重々しい音を立てて、俺の後ろで刑務所の門が閉まった。
両手を思い切り広げて深呼吸をする。先ほどまで吸っていた空気とは違う。よく耳にしていたが、本当に空気がうまいと感じる。
後ろを振り返る。
背の高い門の向こう側の生活は、およそ人間らしいものとは言えなかった。強制労働のように働かされ、深夜、ようやく仕事から解放されても、ベッド一つがようやく置ける程度の狭い空間で眠るだけだ。
先ほど門をくぐった時、ちょうどニュースで刑務所の特集でもあるらしく、撮影の真っ最中だった。真剣な顔つきのリポーターが、カメラに向かって犯罪者の人権がどうのこうのと言っているのが聞こえた。全くその通りだ、と一瞬思ったが、俺はすぐに思い直した。
向こうの暮らしがどんなにひどいものだろうと、門をくぐった俺には関係ない。これからは楽しい毎日が待っているのだ。
さて、まずは何か食べたい。中華料理にしようか。フカヒレもいい、北京ダックだって食べたい。そしてお腹がいっぱいになったら爽やかな空気の中を散歩して、今度はお酒を飲みに行こう。朝まで飲んで、フカフカのベッドで好きなだけ寝よう。
想像するだけで心底満たされた気分になった。死んだ方がマシじゃ無いかと思えた向こう側での生活が、馬鹿馬鹿しく思える。これからは幸せな日々が送れるのだ。
しかし、今から訪れるはずの幸せな想像に浸っていた俺は、いきなり腕を掴まれて我に返った。
「さあ、こっちに来い」
「え、な、何ですか?」
一瞬、警察に捕まった時のことを思い出した。だが、両側から腕を掴んでいる二人組は、どうやら刑務所の職員のようだった。
「さあ、自分の足でちゃんと門まで歩け」
「門まで? 何でですか、俺はさっき門をくぐったばかりですよ。忘れ物でもしていましたか」
二人は質問には何も答えてくれなかった。
俺は混乱したまま、無理矢理に門のところまで引きずられてきた。
「本当に何だって言うんですか!」
門を開けようしている二人に向かって叫ぶと、ようやく彼らのうちの一人が答えてくれる気になったようだ。むすっとした顔で、俺を見た。
「お前の罪状はなんだ?」
「窃盗ですよ」
「そうだろう。最近はお前みたいなやつが多くてな、窃盗ぐらいじゃ禁錮1時間以下が当たり前なんだ。さあ出ていけ『釈放』だ」
「そんな!」
門が開かれ、俺は刑務所から放り出された。空気清浄機が完備された刑務所内と違って、排気ガスで濁ったシャバの空気を吸って、俺は派手にむせた。
「ご覧ください、先ほど満面の笑顔で刑務所に入って行った方が、泣きそうな顔で釈放されてきました」
先ほども見かけたリポーターが番組のまとめに入っていた。
「不況で一般人の暮らしが悪くなる一方、犯罪者の人権を尊重して、刑務所の施設や設備を充実させて行った結果、近頃では、刑務所に入るために犯罪を犯す者も後を断ちません。犯罪者の人権を尊重しすぎではないか、もう一度考え直す必要があるのではないでしょうか…」
ショートショート「シャバの空気は」 あめしき @amesiki
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