第18話 様変わり
「本当に……本当にそう思っていらっしゃるのですか? 理歩ちゃんが、亡くなった果歩ちゃんに成り代わることで、みんなが幸せになれるだなんて……」
眉間に深いしわを寄せ、ぎゅっと拳を作ったまま誠士郎は問う。
否定してほしかった。本心ではそう思っていないと。そんなことをしても、本当は誰も幸せになれないのだと。
嘘でもいい。わかっていると言ってくれ。仕方なくそうしたのだと言ってくれ。そんな願いもむなしく、返ってきた言葉は誠士郎の想いとは正反対のものだった。
「そ、そうよ! そうでしょう? あなただって、果歩が死んだら悲しむじゃない! それだったら何も知らない方がいい。そうすればあなたは悲しまなくて済むのよ? そして結婚して、幸せな家庭を築く。私たちも支えてもらって、誰もが幸せに――」
「ふざけるなっ! 全員が幸せになんて、なれていない! 何てあなたたちは傲慢なんだっ!」
血が沸騰し始めた誠士郎が怒りに身を任せ、母親に手を振り上げたとき、その間に父親が割って入った。
振り上げられた誠士郎の手は、力任せに振られ、父親の頬に赤い跡を作る。
ハッと我に返った誠士郎は、じんじんとする手をすぐにひっこめた。
人を叩いたこともない誠士郎。自分がやってしまったことが、暴力以外の何物でもない。
はっ、はっと短い呼吸を繰り返していると、総太がそっと背中をさすってくれた。
「……私だ。全てを提案したのは」
「あなた……」
赤くなった頬を抑えながら、うつむきつつ言葉を放つ。
低いその声は、誠士郎の意識を集める。
「確かにうちの営業は赤字続きだ。果歩がうちで手伝いをし、さらに外でのパートの収入をうちに入れることで何とか切り盛りできていたほどだ。そんな中、働き手の娘が急に死んだんだ。余計に家計は成り立たなくなった。それに、母さんまでもが体を壊した。私だけでは何もかもやっていけない……それで亡くなった果歩の身代わりに、理歩を……すまなかった」
深く頭を下げる父親。威厳の塊のような存在だったのに、若い誠士郎へ頭を下げる姿は見たくなかった。
父親らしく堂々としていたのに、心からでた言葉が誠士郎だけではない、詳しいことをわかっていなかった総太の心を締め付ける。その証拠に、誠士郎の背中をさすっていた総太の手は止まり、誠士郎の服をぎゅっとつかんでいた。
誠士郎が、謝罪をさせてしまい申し訳ない、そう思ったのは一瞬だった。
彼女の父親が本当に謝るべき相手は自分じゃない。自分を捨ててまで、全てを受け入れた理歩だ。
それに、誠士郎も理歩とその両親へ謝らなくてはならないことがあった。
「……僕も。僕の方こそ、申し訳ありませんでした」
「なぜ、君が謝る?」
わけがわからず、こちらも眉間にしわと作って、父親は聞いた。
その顔を見ずに誠士郎も頭を深々と下げてから、自分が集めてきた情報を整理してたどり着いた結論を言葉にする。
「僕の両親はずっと同棲、結婚を反対していました。しかし一か月ちょっと前に、急に手のひらを返したかのように認めたのです。日付からしても、果歩ちゃんの死がそのくらいですよね?」
「……ああ」
「……これは僕の推測でしかありませんが、僕の両親は果歩ちゃんの死をなんらかの理由で知っていた、いや、関わっている。亡くなっているのだから、同棲も何もできっこない。だから認めたのだと思います。やれるものならやってみろと」
嫌な可能性ではあるが、誠士郎は伝えるべき、そう思って言葉を続ける。
総太にもまだ伝えていない内容。少し震えながら話す誠士郎の服を、総太はまだ握っていた。
「両親は言っていました。果歩ちゃんが事故で死んだのだと。そして、その場にいた者に確認させろと。先ほどまで、僕は果歩ちゃんの事故について調べましたが、目撃者はゼロだったはずです。だったら、一体誰に確認したのか――……」
犯人はまだ捕まっていない。目撃者もいなかった。
だったら、両親は果歩が遭った事故について確認した相手は誰か。
警察という手もある。だが、そこまでの権力を両親は持っていない。たとえ聞いても秘密保持のために、警察は話さないだろう。
他に誰に確認をするのか。可能性があるのは一つ。
誠士郎の中で生まれた疑念。それを消したい。だけど、両親はかたくなに何も言わなかった。
「……君のご両親が、果歩の事故の犯人を知っていると?」
「ええ。推測の域からは出ませんが。可能性は、あります。そして調べました、疑いのある人を」
バッグから折りたたまれた紙を取り出す。それは、一人の男の写真と名前等、就職時に用いた履歴書の一部のコピーだった。
「信頼している僕の同期にお願いして、データを送ってもらいました。彼は以前、僕と同じ部署で働いていましたが、横領をして解雇……その後も借金まみれになってましたが、ある日を境に借金を返済。今は都心の一等地で贅沢な暮らしをしています。未だに父とつながっているようなので、疑わしいのは確かです」
仕事を終えてから、盗み聞きした両親の話の真偽を確かめるために調べていた。
時には両親の跡をつけて、行動を観察した。そうしてたどり着いた元同僚。
先日果歩の死を知ったばかりなので、あくまでも何かを知っていそうな人、という位置でしかなかった。だが、果歩の死が明らかにおかしいとわかったのち、誠士郎の中で点と点がつながった。
退職後も社長である両親とつながっていた元同僚。彼のことを疑わざるを得ない。
「僕の両親も……きっとお金を出したくない。だから、果歩ちゃんを襲うようなことを企んだのかもしれません。大変、申し訳ございませんでしたっ……! 僕の、せいで……」
自分がいなければ、果歩は死ぬことはなかったはずなのだと、何度も後悔した。
自分を責めて、命を絶とうとした。でも、結局それは叶わず、今ここにいる。それは誠士郎も理歩に謝ろうとしたからこそである。
腰を九十度に曲げる誠士郎に、理歩の父親はそっと肩に手を置く。
謝罪を受け入れた、そう思って顔を上げたとき、誠士郎の頬に痛みが走った。
「……これで、おあいこだ」
「……はい」
誠士郎の頬には赤い手の跡がつく。その手は理歩の父親によるものだった。
容赦しない平手打ち。じんじんと痛みが続くが、同時に生きていることを実感させる痛みでもあり、前に進むための後押しにもなった。
「僕はもう、支援は一切ありません。現に先ほど、退職届を出してきました。僕は、これで両親の元から離れるつもりです。ですから、きっとお宅へ資金の援助もないでしょう。ですが、果歩ちゃんの事故については、犯人探しも踏まえ僕はどんな手段を使ってでも、何年かかっても絶対に探しだしてみせます。それで罪を償ってもらうことを約束します。でもまずは、まずは僕は……理歩ちゃんに謝らなくてはなりません。なので、ここで失礼しますっ!」
「ちょ……誠士郎っ!」
誠士郎はピンと背筋を伸ばしてから、頭を下げると急ぎ足でその場を離れた。
そのあとを総太も続く。
静かになった店内。残った理歩の両親は、走って行った誠士郎の背中を見送る。
「あなた……私たちはっ……」
「ああ……俺たちも理歩に、謝ろう。それに果歩にも。これからは、亡くなった果歩の残したものを追うんじゃなくて、生きている理歩を見守ろう。大丈夫だ、一人じゃない」
「ええっ……そうね、そうよね。理歩……早く帰ってきてちょうだい。ごめんなさい、ごめんなさいっ……」
二人は涙をこぼしながら、その場で抱き合う。
亡くなった娘と、生きている娘。二人への気持ちがあふれていた。
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