第6話 疑り
人も車も多数行き交う都内の一等地に、天まで突き抜けそうなほど大きなガラス張りのビルが建っている。
いくつもの会社が入っており、スーツ姿の多くの社員が入れ替わり立ち替わりで出入りする。
日が沈むにつれ、多くの社員は帰宅していき、ビルは暗くなってきた時刻。
ビルの上層階にある広い会議室へ、誠士郎は両親に呼び出された。
仕事が終わればすぐに帰りたい。その気持ちを抱きつつも、渋々エレベーターに乗った。
「ふぅ……」
一日の業務疲れを誠士朗は一人、エレベーターでため息に混ぜて飛ばした。
チン、と目的のフロアに着いたことを知らせる音が鳴り響く。面倒くさいなと思いつつ、誠士朗はエレベーターをでて会議室へ向かった。
議題は誠士郎の結婚について。
太陽は沈み、空には月が昇った。業務時間はとっくに終わっている。他の社員は、ほとんど退勤しており、社内に残る人影は少ない。終業後にあくまでもこれは終業後の家族会議という名目だった。
「それで、新婚生活はどうなんだ? 誠士郎」
一番奥に座る男性が問う。
足を組み、デスクに両肘をついている姿からは威厳を感じさせる。キチッとしたスーツで、放つ言葉は重く、空気を冷たくさせる。
この男こそが、誠士郎の父であり、社長であった。
「ちゃんと今日も朝ご飯を作ったのでしょうね? 作らないなんて、妻失格よ?」
男の隣に座る女性が、きつい口調で言う。
髪の毛をぴっちりと固め、後れ毛もアホ毛もない。シワのないパンツスーツに、数センチのヒールは仕事の出来る女性というイメージと共に、厳しさを与える。彼女は紛れもない誠士郎の母であり、副社長の座についている。
「うん。今日はとても美味しい朝ご飯を作ってもらったよ」
仕事一筋の両親から生まれた誠士郎は、二人とは真逆の性格になった。
理由は至って単純で、仕事のことばかり考えている両親は滅多に誠士郎と関わらなかった。かわりに誠士郎はハウスキーパーは、家庭教師など外部の人と接することが多かった。
そこで自分の家庭が一般家庭とは違うことも知った。親はもっと子供とともに時間を裂くし、ハウスキーパーなんて雇っていない。
朝ご飯を作るのは当たり前と言った母ではあるが、誠士郎はあまり母にご飯を作ってもらった記憶はない。学校のイベントにさえ、ハウスキーパーしか来たことがない。
それでどれだけ寂しい思いをしたことか。
でも、わがままを言えば両親に迷惑がかかる。
そうして誠士郎は、当たり障りのない顔を両親に向けるようになった。
だが、心の中では同じ思いを抱く子供を増やしたくない。仕事も大切だけど、家庭はもっと大切にしたい。様々な思いを抱いている。
だから今はほどほどに仕事をこなしている。
仕事よりも家庭を重視するために、両親からの厳しい言葉でさえも、のらりくらりとかわして、一刻も早く帰りたかった。
「……信じられんな」
「ほんとに。あんな田舎の貧乏な家庭の娘なんて……誠士郎のことをお金のために嫁に出したのではなくて?」
両親は果歩のことを良く思っていなかった。
御曹司ともなれば、付き合う相手をよく選ばなくては、お金をむしり取られる。それを警戒して、誠士郎の結婚相手には慎重になっていたのだ。
果歩と理歩の実家は小さな飲食店を切り盛りしている。ここ最近は売れ行きが落ち込み、赤字が続いていた。それでも長年続けてきた店であるため、営業を止めることは考えなかった。
果歩がパートとして駅前の書店で働き、その賃金の一部を家に入れることで何とか営業できていた状態。
果歩と誠士郎が結婚すれば、実家の店を金銭的に支えてもらえる。
互いの両親はそのことに敏感なっている。
誠士郎家は、無駄にお金を出したくない。
果歩の家、つまり理歩の両親は、経済的に厳しいからお金がほしい。
相容れない考えであったが、初めての誠士郎のワガママを貫いて、何とか同棲まで漕ぎ付き、結婚を見据えている。
「そんなことないよ。果歩ちゃんはそんなことを考えていないからね」
二人の向かいに座り、綺麗な姿勢を保ちながら言う。
その表情は変わらず穏やかである。
「どうしてそんなことが言えるのだ? 人の考えなど、他者にわかるわけがない。ましてや、人はいとも簡単に嘘を吐く。その娘も嘘をついているかもしれないだろう?」
「……確かに。人は嘘をつくけど、それは僕たちも一緒でしょ。父さんも、母さんも、僕も人間。今も誰かが嘘をついているかもしれないね」
「……っ!」
ニコニコとしたまま放つ誠士郎の言葉は、両親を惑わす。
今までに誠士郎が両親に逆らったのは、果歩との結婚だけだ。それまでは、全てイエスで答えてきていた。
改めて父親の言葉に逆らう発言をしたことで、両親の表情は曇る。父親は眉間に深いしわを作りながら小さく舌打ちもしていた。
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