第7話 聞き取り
「今日の話はそれだけですか? それだったら、もう帰っていいってことですよね。家で果歩ちゃんが夕食を作って待っていてくれているものですから」
「……ふん、いいだろう。だが、くれぐれも。彼女の行動には気をつけるのだぞ。そこらの田舎娘だ。いったい何をしでかすかわからないからな。寝入ったら、首をとられかねない」
「……そんなことあり得ませんよ。絶対に。ではこれにて。お疲れ様でした」
言い方が引っかかり、いぶかしげな顔を浮かべた誠士朗であったが、今回の家族会議終了の意を確認するとスッと立ち上がり、一礼してから部屋を出る。家族としては堅苦しいやりとりが一段落したようにも見えたが、誠士郎の両親は口を固く結び、疑惑の目を誠士郎へと向けていた。
扉が閉まってから数十秒。誠士郎の足音が聞こえなくなり、近くに人がいなくなった部屋。カチカチと時計の針が音を立て、重い空気が立ちこめる。そんなしんとした空気を父親が断ち切るように、固く結ばれていた口を開いた。
「……一体、どうなっているんだ? 確かに彼女は死んだはずだろう?」
「ええ、そのはずですよ……確かに私は彼女に指示をして、こちらへ向かわせていた。それは間違いない事実。そしてその道中に、事故に巻き込ませました。致命傷を与えればいいと伝えましたが、運が悪かったのでしょう。搬送先の病院で亡くなったと聞いています」
「だったらっ! だったら、誠士郎は一体誰と同棲しているんだ!? 死者である女と共に暮らしているとでもいうのか? まさか彼女の霊がいるとでも!?」
「まさか。ご冗談を。私が霊などという非科学的なことを信じるわけないでしょう? 考えられるのは、誠士郎が嘘をついているか彼女に成り済ましている人がいる……そういうことでは?」
彼らの言う『彼女』は、紛れもない『果歩』のことである。
独自に集めた情報と、誠士郎の発言が食い違い、二人の頭を悩ませているのだ。
実際、果歩の葬儀は家族葬だったために参列していない。それどころか、果歩の死を直接家族から聞いていない。ならば、集めた情報が誤りの可能性もある。
情報が錯綜しているせいで、事実がどうなのか二人はわからなかった。
「もう一度。現場にいた者に状況を確認させろ。それと、向こうの家にも探りを入れるんだ」
「そうね。少し電話して探りを入れてみましょう」
「頼んだ」
重い空気の中でのやり取り。二人は他に誰も聞いている者はいないと思っていた。
しかし、別室にてすべてを聞いていた男が一人。それは、自らのデスクでイヤホンを付けたまま瞳を閉じている誠士郎だった。
先ほどの会議室へ呼ばれた際に、見つからないように小型盗聴器をデスク天板の裏に設置していた。それを通じて、二人の会話は誠士郎に筒抜けである。
なぜ誠士郎が盗聴しようとしたのか。それは違和感のある、両親の発言があったからであった。
会議室に入るなり新生活について問われるのは構わない。しかし、その後の父親の発言。朝食を作ってもらったという誠士郎の言葉に対して、「信じられない」と言ったことが引っかかった。
誠士郎は果歩について、両親に包み隠さず話している。どんな家庭で育ち、性格や好みまでも。そして何より、家庭的な面があることは何度も伝えている。デートとして出かけたときには、お弁当を作ってくれたりしたこともあった。そのために、果歩が朝食を作ったところで何ら違和感はない。しかし、父親はおかしいというような顔をしていた。
それだけではない。
ずっと誠士郎と果歩との結婚に反対していた両親が、ある日を境に肯定的な発言をするようになった。それは一か月ほど前のことだった。できるものならやってみろ、というような発言をし始めたので何かおかしいと思いながらも、了承を得たのであればいいだろうと同棲を始めた。
そんなこともあって、何か変だと思った場合には、誠士郎は両親が何かを隠しているかもしれない。それを知るためにと、盗聴器を準備していた。何もなければそれでいい。でももし、何かあったのなら。
人を疑うことはためらいがある。家族ならなおさらだ。それでも、降りかかる火の粉は無くしておきたかった。
「果歩ちゃんが、亡く……いや、でも彼女は。それに現場? 父さん、母さん……何を、隠してるんだ……? 果歩ちゃんは確かに一緒に住んで……深く考えるな。果歩ちゃんを疑っちゃいけない。僕は、彼女を――」
静かなフロアに誠士郎の声は溶けて消えていく。
物音がしなくなったイヤホンを外し、バッグの底へと端末をしまうと誠士郎は深く深呼吸をして帰路についた。
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