第4話 受け売り
「うんんっ……もう朝ぁ、かぁ……」
温かくフカフカのベッドの中で、小さな声を出し、理歩はゆっくりと重たい瞼を開ける。
ぼやけた視界をはっきりとさせるために目をこする。次第にクリアになっていく世界を見ながらムクリと体を起こせば、隣で眠る誠士郎がもぞもぞと動いた。
(あ、そうだった。昨日からこっちに来て、一緒に住んでいたんだっけ……)
不思議と初対面の人と共に同じベッドで眠ることに、どういうわけか嫌悪感をみじんも抱かなかった。
それは誠士郎のほがらかな性格のおかげかもしれない。昨夜は一緒のベッドに入った途端、心臓がうるさいほど音を立てて、体を硬直させるほど緊張していたが、さすがに実家からここまでの移動と同棲初日による疲れがあったからなのか、いつの間にか眠ってしまっていた。夜中に目覚めることもなく、意識は深いところに落ちてしまい気づけば朝になってしまっていた。
果歩が亡くなってから、不安やストレスが積み重なり、短く浅い睡眠ばかりだった。果歩らしいメイクに加えて、目の下にできたクマを隠すためのメイクを研究すれば、さらに時間を費やす必要があるので、どんどん睡眠時間が失われていた。
短いときでは三時間。長くても五時間。それが理歩のここ一か月での平均睡眠時間。睡眠時間を削らなくては、果歩のようにふるまうことはできなかっただろう。削った睡眠時間のおかげで、まだ、誠士郎に疑われることなく初日をやり過ごせたのだから、ためになっている。
そんな日が続いていたというのに、今日はぐっすりと眠ってスッキリ起きることができた。睡眠負債はあるが、一日長く眠ったからクマがよくなることはないし、体が軽くなるわけでもない。。
だけど、ここ最近の中では一番体の調子がよく、気持ちがまでもがスッキリとしていた。
(……準備しなきゃ)
ぐっと体を伸ばし、酸素を頭に送る。
覚醒した頭で薄暗い寝室の壁にかかっている時計を確認すれば、もうすぐ六時を示すところだった。
誠士郎は今日、日曜日ではあるが、仕事に行くという。家を出る時刻はいつになるのかわからないが、いつでも朝食を摂って仕事へ行けるようにと、ご飯の準備をする必要がある。しかし、まずは果歩に成り代わるために身支度を整えなければならない。
いくら同じ顔をしていても、少しの気の緩みが全てを壊す。前日の自分の行動を思い返して、気を引き締める。髪型、服装、ふるまい、表情。理歩らしさを消し、果歩らしくあらねばならない。
そのために、理歩は誠士郎を起こさないよう、細心の注意を払いつつ、静かに部屋を後にした。
洗顔、歯磨き、果歩になるための薄いメイクと軽いヘアセット。それにかかる時間はものの十五分。急ぎぎみで行ったため、まだ寝癖は残っているが理歩ではなく果歩になれていた。十二分に満足のいく身支度をしてから、今度はキッチンに立った。
基本的な家事でさえも苦手と言っていた誠士郎はその言葉の通り、キッチンに最低限の道具と食材しか揃っていない。
しゃれた料理は今ある食材では作れない。カレーもハンバーグもできやしない。あるのは基本的な調味料とお米、卵、牛乳、玉ねぎとレタス。そしてお茶漬けやふりかけ程度。どれだけそれらが使用されているのか、それを見れば今までの誠士郎の食生活が見えてくる。
昨夜は外食をしたため、まさかここまで食材が少ないとは思っていなかった。
それでも朝食は一日のエネルギーの源だ。それを理歩はわかっている。仕事がある日に、朝食を摂らずに出勤した日はなかなか仕事が思うように進まなかった経験がある。普段、誠士郎がちゃんと朝食を摂っているかはわからないが、摂らないよりは摂った方がいい。
理歩は少しばかり、腕を組んで首をひねったが、すぐに出来そうなメニューを思いつき、手際よく調理を開始する。
元々一人暮らしをしていたため、料理の腕は確かであった。
(うん、これでいいかな。でも、果歩はあんまり料理上手いわけじゃなかったような気がするけど、流石にこれくらいならできたはず。日記にもお弁当を三時間かけて作ったって書いてあったし……)
最後に味噌汁の味見をし、朝食を作り終えた。
今日の朝ご飯のメニューは、ありあわせの食材をふんだんに使ったもの。炊き立ての真っ白なご飯に少量の牛乳を混ぜたスクランブルエッグ。そして、彩りが単一なサラダと、温かい味噌汁。味噌汁の具材はあった野菜全て入れたので、彩りはあまりよくない。だが、全体を見れば鮮やかだ。このメニューは簡単であり、しょっちゅう理歩が作っていたメニューだった。
「んんっ……おはょぅ……ん!? いい匂いがする」
それぞれをお皿に盛りつけて、並べたところにぼやっとした声が聞こえた。
ぺたぺたと廊下を歩いてきた誠士郎。寝癖のついた髪で、あくびをしながらのそのそと起きてきた。その目は寝起きでほとんど開いていないようである。
あまり見えない目でも、リビングの明かりがまぶしく思ったようで何度も強く目をこする。
どうやら匂いにつられ起きたようだ。ぼーっとしていた様子だったものの、テーブルの上に並ぶ朝食を見てまだ寝ぼけていた頭が朝食を見て覚醒したようである。
誠士郎は急にきらきらと目を輝かせ、エプロン姿の理歩に駆け寄る。
「すごいよ、果歩ちゃん! まるでレストランみたいだよ!」
「いやぁ……そんなことはないよー簡単なものしか作れなくてごめんね」
「すごい美味しそう! 僕、ここに引っ越ししてから、朝食なんてコンビニのゼリーぐらいしか食べなかったから嬉しいな。新婚さんみたい」
喜びが顔に表れている誠士郎に対し、理歩は返す言葉を見つけられなかった。新婚になるべき果歩はもういない。罪悪感を抱きつつ、何とか表情を崩さぬよう気を配りながら、ピカピカのテーブルに向かい合うように座った。
「いただきます」
二人で丁寧に手を合わせてから、箸をとる。最初に味噌汁に口をつけると、さらに誠士郎の顔はさらに明るくなる。
「ふわぁー、美味しい……! 体がポカポカするよー」
「それはよかった。朝は食べないと元気がでないからね」
理歩も「いただきます」と手を合わせて朝食を摂る。いつも通りの味付けだけれども、誰かのために作って、誰かと一緒に食べているせいかいつもよりも断然においしい、そんな気がした。
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