第6話 クァルトゥム州都

 ディーとカートに連れ出された街は、所々にビルが建つ、中程度の都会のような様相だった。

 ビルの間をタイヤのない乗用車のような物が飛び回っている。

 街の道路は広く、石畳の歩道に挟まれた車道を馬車が通り過ぎる。


 思わずサクヤは馬車を眼で追った。


「馬車――?」

「観光用の乗合馬車だ。無料で利用できる」

「市街地の移動は徒歩か馬車なの?」

「いや、地下に電磁リニアレールのビークルが走っているし、単座の移動用であれば――」


 カートが顔を向けた先には、キックボードのような物やセグウェイに似た物、自転車のように見えるがタイヤのない物がゆっくりと進んでいる。トレーニングジムにあるスピンバイクに似ているが、ペダルはない。

 それらは一様に地面から僅かに浮いていて、馬の並足より少し早い程度の速度だった。


「あれらの短距離移動用モービルは市街地の各所で貸し出ししているし、個人で所有もできる。だが運行できるのはこの中央の路面のみで、それ以外の場所ではホバー出来ないので走らせる事は不可能だ。しかも、速度は厳密に管理されている。市街地で急ぎ移動するのであれば、上空の無人自動モービルか地下のビークルを利用する」

「地下鉄があるんだ……」

「チカテツ? メトロのことか?」


 カートの言葉に、サクヤは思わず微笑む。ここでもそう言うのか、と思った。


「地面を走るのは自分の足と馬と馬車だけ?」

「そうだな。わずかに浮いているのが短距離移動用モービル、その上を無人自動モービル、その上を公用モービルや特別に許可を受けたモービル、さらに上空は緊急用のレスキューモービルしか運航できない。そもそも、一定の高さまでしか浮かないように制御されている」


 それでも違法に改造する者は後を絶たないがな、と呟くディーに、サクヤも小さく笑った。

 

 それにしても――とサクヤはもう一度大きな通りを見渡した。

 科学と自然が共存したまま進化したような不思議な景色だった。

 空を飛んでいる車のような物はどんな燃料で推進機関を稼働させているのか気になる。後で誰かに尋ねてみようと思った。


 うきうきと周囲の景色を見ていたサクヤは、気付くとカートに肩を押されて通り沿いの店舗に入っていた。




「服? 服を、選ぶんですか?」

「そうです。ずっとそのスーツのまま、という訳にもまいりませんでしょう。着替えなども必要かと存じます」


 ディーの言葉に、サクヤは自分の姿を見下ろす。


「普段からスーツを着ている事が多いのですか?」

「いえ、仕事の時だけです。普段はラフに、その……楽な服ばかり着ています」


 そう答えると、ディーは口元に拳を当てて少し俯く。

 何か気に入らなかったのか、とサクヤが考えていると、隣でカートが笑った。


「サクヤには、これから先、身体を動かしてもらうことが多くなる。だから、楽だからとふわふわしたスカートを選ばれたら困る、とディーは考えていると思うぞ」

「あ、そうなんですか。あまりスカートは好みじゃなくて……って、あれ? カート、私の言葉が――」


 カートが全く違和感なくサクヤと会話していた事にようやく気付く。

 にやりと笑ったカートが、自分の左耳を指した。

 そこには何か小さな補聴器のような物が入っている。


「昨夜、大急ぎで作った」

「……作った? まさか翻訳機を?」

「元々、このサイズの翻訳機は、軍の備品として配備されているからな。借りてくるより作った方が早い」


 そんなに簡単に作れる物なのか、という表情がありありと出てしまう。


「この男は、こう見えて工科を出て専門的に学んでおります。精密機械関係から戦闘機まで、かなり詳しいのですよ。滅茶苦茶なスキル持ちですが」

「スキル?」


 ディーがぼそりと呟くと、サクヤが聞き返した。

 スキルの意味は、分かる。滅茶苦茶なスキル持ち、とは、どういう意味だろうと思った。


「この星の人間は、誰もが何らかのスキルを持っています。生まれた時から持っているスキルもあれば、努力して派生するスキルもあります。そのスキルに合わせて自分の進む道を選ぶ事が出来るのですよ。カートの場合、スキルの組み合わせが多少変わっているので。サクヤ殿にも後程、確認させてもらいますが、転移者は【ステータス】とかいう鑑定のスキルがあるのではないのですか?」

「鑑定?」


 少し眉を寄せながら、サクヤが小さな声で『ステータス』と呟いてみる。

 何の反応もなく、サクヤが即座に首を横に振った。

 一昨日までの自分にそんな事は出来なかったし、街の商店街らしきこの場所でも、見たことのない物がたくさんある。だったら自分にそのスキルはないのだろう、と思った。


「そのスキルを確認する方法が、この星にはあるんですね」

「はい」

「そうですか。変なスキルとかじゃないといいですけど……何も出て来なかったらどうしよう」


 地球では、スキルは簡単に眼に見える物ではなかった。なので、少し不安になる。

 もしもスキルが確認出来るなら、自分の適職を見つけるのは容易だっただろう、と考えて、思わず溜め息がでる。


「心配しなくていい。スキルは誰にでも授けられている恩恵だ。それに、サクヤになら見たことのないようなスキルが付与されていそうだ」


 快活に笑ってサクヤの肩を叩くカートに、ディーはゴーグルの奥の眼を細めた。


「カート……」

「ああ、サクヤ、と呼んでいるのは昨夜からだ。『カーティスさん』と呼ばれて何だかむずむずしたからな。サクヤも言いにくそうだった。それと、カタコトで『楽に話してくれ』と言われたのでな、サクヤの意思を尊重することにした」


 カートの言葉に、サクヤはちょっと眼を見開く。

 自分は『カーティス様』と呼んだつもりだった。どうやら発音が上手く出来ていなかったらしい。

 それよりも、ディーが聞きたい事をすぐに察したカートに驚いた。顔色で判断出来るとか、どれだけ仲良しなのか、と思った。


「……なるほど。ならば、私も『ディー』でいい。それから『サクヤ』、不遜に当たらないのであれば、言葉を楽にさせてもらっても良いだろうか?」


 つまり、これまでは敬語のような話し方をしていたのか、とサクヤは考える。不機嫌そうな顔からは、とてもそうは思えなかったが、話す度に気遣われるのはこちらも疲れる。


「わかった。じゃあ、私も普通に話させてもらう。よろしくね、ディー、カート」

「こちらこそ、よろしく頼む。時々でいい、テッラの話を聞かせてくれ」

「……よろしく。一応、伝えておくが、私はあまり人と話す事が得意ではない。そこは考慮してもらえると――」

「うん。分かってる」


 半ば眼を逸らしながら呟くディーに、サクヤが笑いながら答える。


「分かっている……?」

「私の第一印象は、よく当たるんだよね。ディーは、人と話す事だけじゃなく、馴れていない人の傍にいるのも苦痛なんじゃないかと思って」

「…………」

「サクヤ、その通りだ。俺も、ディーと軽口を交わせるようになるまでは、かなりの時間が掛かったぞ」

「それは、ディーがあまり自分の事を詮索されたくないから? ああ、こんな風に聞くのも詮索になるのか……ごめんなさい」


 笑みを湛えながら言うサクヤに、ディーが再び固まった。ゴーグルの奥の眼が探るようにサクヤを見つめ、眉間に深い皺が寄る。

 一瞬ディーから放出されたひやりとした空気に、カートは気付かない振りでサクヤの背中を押し、店の奥から出て待ち受けていた女性の前に立たせた。


 そこは地球にある衣類を扱う店によく似ていたが、それぞれの商品が一着ずつしか置いていない。

 少し嫌な想像をしてしまったサクヤに、カートが追い打ちを掛ける。


「この店は、扱う全ての商品に精霊の加護を付与している。気に入ったデザインを選べば、サクヤの身体に合わせてサイズを決め、付与を行うんだ」

「……それって、受注生産オーダーメイドってこと?」

「そうだな。一般的な付与をした量産品もあるが、それだと効果はあまり期待出来ない」

「量産品があるなら、そっちでいいんじゃない?」

「サクヤ、昨夜の事で分かったと思うが、お前は【ナーキ派】に狙われている。アークの神託により送り込まれたお前を、俺たちは全力で護らなくてはならないんだ」

「……」

「理解してくれ」


 どうあっても譲るつもりは無さそうなカートに、サクヤは肩を落として諦める事にした。


「サクヤ、私は店の外で待つ」

「ディー、お前もアドバイスした方が――」

「……カート、女性の召し物に口を出すのは無粋だと思うぞ」


 そう言いながら出ていく背中を見つめ、カートは思わず首を傾げた。女性と共に服飾店に行くと、漏れなく似合うかどうかを尋ねられていた。

 そのためカートは、サクヤの傍にいるのが当然だと思っていた。


 サクヤの傍に立つ、すらりとしたスーツ姿の女性が、軽くカートに会釈した。サクヤの視線の動きを確認しているらしい。

 サクヤが手に取ったシンプルなシャツを見て、カートは思わず声を上げた。


「サクヤ、どうせならこちらの胸ポケットのある方が良くはないか? 胸ポケットがあると、何かと便利で……」


 サクヤと店員が同時にカートを見つめる。

 何かおかしな事でも言っただろうかと考えていると、店員がこっそりと耳打ちした。


「カーティス様、女性に胸ポケットはそれほど役には立ちません。特にお客様のような豊かなバストサイズの方には」


 ひくっと頬を引き攣らせたカートが、思わず背筋を伸ばす。


「サクヤ、私も外で待つ事にする。何かあれば、声を掛けてくれ」


 密やかな店員の笑い声を背に、カートはガラス戸を開ける。

 腕組みをしながら、店舗の角の辺りに寄り掛かっていたディーと眼が合った。


「……言葉の意味は?」

「……よく、分かった」

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