第7話 生体認証標
長袖のごくシンプルな腰まで覆うシャツに、細身のパンツ。袖のない長くて薄い上着をベルトで押さえ、ショートブーツを身に付けたサクヤが、二人の前に現れたのは、店に入って十五分ほど経った頃だった。
「……早かったな」
「いや、早すぎないか? サクヤ、選んだのはそれだけか?」
普段、女性に付き合わされる買い物の時間を覚悟していたカートは、不審そうに店を振り返る。
サクヤに続いて店から見送りに出た店員は、丁寧に頭を下げた。
「では、サクヤ様。残りの品はスキル鑑定後に調整いたしまして、お届けいたします」
「はい、お願い、ありがとう」
片言の礼を述べ、サクヤが頭を下げる。
そこでやっと、カートは自分の翻訳機を店員に貸せばよかったのだと気付く。
サクヤは相手の言葉を聞き取れるが、自分の言葉が通じない状態で、よく買い物が出来たものだと感心した。
ディーも、言葉の事を忘れて店を出てしまった事にようやく気付き、小さく舌打ちをした。
タイミングよく振り返ったサクヤに、思わず『しまった』と思っていると、サクヤはきゅっと口角を引いた。
「これ、よく分からないけど、身体能力補正効果? があるんだって。地球――テッラで習っていた武術の型をやってみせたら、ちょうどいいのがある、って薦めてくれた。動きやすいのがいい、って思ったのが、うまく伝わったみたい」
「武術……?」
「うん。えっと……武術というよりは護身用で――」
「ああ!」
サクヤの言葉に、カートが大きく声を上げる。
「昨日の見事な五点着地は、武術を身に付けていたためか! 完璧な受け身だった」
「……ありがとう。でも、あれは……」
「いずれ、ゆっくり見せてくれ。私も少しは動けるからな、私で良ければ相手になろう」
「誰が、誰の相手になるって?!」
背後から突然聞こえた大声に、三人が身構えながら振り返る。自分たちと同じ動きをしたサクヤに、ディーが思わずサクヤの方をちらりと見た。
「ケイナーか、驚かすな」
「あたしの質問に答えて! カート、今度の相手は誰なの! その面白みもないような女とか言うんじゃないでしょうね?!」
おかしな歩き方で肩を怒らせて詰め寄って来たのは、頭の上に猫のような耳をピンと立てた女だった。道行く人々がその大声で振り返る。
尻尾を逆立て、内股気味なのに足先を外側に向けて歩いている。本人は意識していないようだが、見ている方は何となく居心地の悪い感覚が大きかった。
サクヤは思わず首を捻った。
耳と尻尾がある。なのに、身体は人間に見える。
異星人にはそんな種族もいるのか、と思ったが、物凄く違和感がある。
小花柄のブラウスに、大きな花柄のミニスカートを身に付けていたセンスも、こちらでは普通なのかと思っていると、ディーに軽く肩を叩かれる。
「サクヤ、クレスト司祭が大神殿で待っている。急ごう。――カート、先に行っているぞ」
「待て待て、ディー! 俺は護衛だぞ!」
「問題ない。こんな街の中心で襲撃して来る者など、お前に入れ込んでいる女くらいだ」
「ディーもちょっと待ちなさい! カート、あたしという恋人がいながら、他の女の誘いを受けてるの?!」
「何を言って……おい、ディー!」
サクヤの背中をそっと押し、ディーは女にしがみ付かれているカートを置いて歩き出す。
そっと振り返りながら、サクヤはディーを見上げた。
「……いいの? 何だか揉めてるみたいだけど」
「あいつはケイナー。カートに一方的に熱を上げているだけだ」
「あれ? 恋人って言ってたよ」
「カートに特定の相手はいない。アプローチしてくる女が多すぎて、逆に辟易しているようだ」
なるほど、と思い、サクヤはもう一度振り返る。
確かに、正統派の男らしいイケメンだと思った。
隣を歩くディーは硬質な冷たい表情のまま、それでもサクヤの歩調に合わせてくれた。
「……えーっと、大神殿って所で、スキルの確認が出来るの?」
「ああ。ここクァルトゥム州は、このミュートロギア国内でも小さい州だが、特殊な鑑定機器がある。その性能は首都以上なために、この州まで鑑定しに来る者もいる」
「ここの鑑定機器が特に優秀ってこと? 同じ物を作ればいいんじゃないの?」
「無理だ。鑑定機器はアーティファクトだからな」
「……オーバーテクノロジーだから再現出来ないってこと?」
「そういうことだ」
話しながら歩いていると、いかにも荘厳そうな教会らしき建物が見えて来た。遠目でも分かりそうなほど、周囲の建物とは違う、いくつもの尖塔が並んでいる。
その尖塔の先には、大きな青白く光る球が付いている。
よく見ると街に並ぶ建物のほとんどに、アンテナのような金属柱が設置されていて、その先端には大小の違いはあっても同じような青白い球が付いていた。ビルの外壁にもいくつか取り付けられている。
「ディー、あの青いのは何?」
「太陽光を集めて発電している――テッラには無いのか?」
「……形状がだいぶ違うけど、太陽光発電システムはあるよ。まだまだ少ないけど」
故郷の星の太陽光発電は二種類の半導体に光エネルギーを当てて発電させる物だった。ここでのあの青白い球から、どんな仕組みで発電するのか、とても興味がわいた。
「では、サクヤの星ではあまり電気が普及していないのか?」
「かなり普及しているけど、発電はほとんど火力と原子力に頼ってる」
「火力……木を燃やすのか?」
「ううん、化石燃料」
「化石……?」
不思議そうな顔をしたディーに、サクヤはようやく気付いた。
この星には多分、化石燃料がない。
拙い知識を総動員してディーに説明すると、興味深そうに聞いていた。
さっき大通りで見かけた空飛ぶ乗り物も、エンジン音や排気音はほとんど聞こえなかった。
この星は地球とは違う条件で進化した星なのだと認識したサクヤは、少し嬉しそうに笑う。――色々と確認してみたい。サクヤはうずうずし始めた。
ふと思い出したように、ディーが足を止める。
「サクヤ、これを」
ディーが鎖を持って差し出したのは、楕円形の金属プレートが下がったネックレスだった。
よく見ると、何か記号のようなものが掘り込まれており、鎖を通した端の反対側に5㎜ほどの穴が空いている。
「これは、ドッグタグ?」
「お前の個体認証標だ。身分証明になる」
「……今朝、司祭さまに『生体認証登録』とか言われたのは、これを作るため?」
「そうだ。これだけで身分証明・個人取引の決済などが使える。本人にしか使えないよう、教会で認証登録した物だ。本人のDNA情報で起動する。その小さな穴には、自分のスキル属性に合った精霊石を入れることが出来る」
「へえ……便利だね。無くさないようにしないと」
「……無くしそうなのか?」
「いや、ドジっ娘キャラじゃないんで、大丈夫」
何を言われたか理解出来ずに片眉を上げたディーに、サクヤは手渡された認証標の鎖を確認する。見たことのない金具に首を傾げていると、ディーが黙ってサクヤの手から取り上げた。
「少し頭を下げてくれ」
カートの声にサクヤが地面を見るように頭を下げると、さらりと髪が下に流れ、項が見えた。
ゴーグルの奥でディーが一瞬、眼を見張り、慌てて視線を少しずらす。
金具をかちりと外して髪の毛に絡まないように金具を留める。
サクヤは自分の首から下がった認証標を嬉しそうに指先で裏返している。
サクヤが顔を上げると、困ったように口元を歪ませたディーが、サクヤから眼を逸らすように大神殿の方を見ていた。
自分がディーに面倒を掛けたかもしれないと申し訳ない気持ちになり、サクヤはディーと反対方向に視線を送る。
すると、今通って来た道の脇道からカートが飛び出してきた。
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