第2話 見知らぬ世界
彼女は、戸惑っていた。
さっきから『転移者』などと言われているのが聞こえてくる。
おかしな言語だが、どうやら同時翻訳されているらしいと気付いた。
それにしても、馬が眼の前に現れた時は驚いた。思わず手を伸ばしてその鼻面を撫でてしまいそうになった。
聞き覚えのない言語で話し掛けてきた異国風の男に、身体が強張る。
ローブ姿で馬に乗った二人の男。そして『転移者』というワード。
勘弁してくれ――そう思いながら、彼女は自分の身体を抱きかかえるように手綱を操る男を振り仰ぐ。
『……えっと、私、おそらく宇宙船からあの場所に降ろされたと思いますけど……』
不安そうに言葉を発すると、男が驚いたように息を吸い込む気配がした。
言葉は通じているのだろうか、と思いつつ、彼女は更に言葉を紡ぐ。
『乗せられたのは確実ですし、中で過ごした記憶がどういう訳か曖昧なんですけど、うっすら覚えてます。何か言われたような気もするんですが、乗せられた時と同じように真っ白な光に包まれて……気付いたらあの場所に横たわっていました』
だが、並走する馬に乗ったカートには、彼女が何を言ったのか全く分からなかった。
転移者の言葉は、何故か自動的に翻訳されていたはずだ。だったらこの女の言葉が通じないのはどうしてだ、と不思議に思った。
ディーは彼女の言葉に戸惑ったように眉を寄せつつも、確かめるように言葉を返す。
「宇宙船で故郷から連れて来られたのですか? 事故で亡くなったり、ゲームの世界に引きずり込まれた訳でもなく?」
『はい。道路を歩いていたら強い光に囲まれて、気付いたら宇宙船の中でした。キャトル……いえ、
彼女の言葉に、ディーの眉が寄せられる。ゴーグル内の眼が細められた気配がカートにも分かった。
宇宙船で連れて来られた、と復唱するディーに、カートも首を傾げる。
転移者は、ディーが言ったような
しかも、本人の了承を得て連れて来たとは思えない。
神と呼ばれる者がそのような事をするのだろうか、と訝しむ。
街を出る時に見た飛翔体は、一度も見た事がない形状だった。この国が所持している宇宙船とは全く違う。
タイミング的に、あの飛翔体から降ろされたのは間違いないと思われた。
だが、ディーの言ったとおり宇宙船が火球と見紛うほどの光を放つなど、カートにも経験がない。
一瞬ではあったが、自分の見た物が気のせいではないかと思ったほどだ。
「貴女は他の転移者とは違うようですね」
『他の? 転移者って……?』
「別の世界からこの星に連れて来られた者たちです。突然この地に現れると言われています。どうやら貴女が住んでいた故郷からの転移者が圧倒的に多いようですが、貴女のように宇宙船でやって来たという話は聞いた事がありません」
『……え?』
彼女の言葉は全く分からないが、ディーの言葉だけでカートも何となく事情を察した。
この星では同じ星系の惑星や衛星からの移民もある。
エアポートのないこの州で、星間航行用の船を間近に見ることはなかったが、首都州ではよく見かけることが出来る。
街を出る時に見えた飛翔体の機体を思い出していると、ディーが困ったように女に説明していた。
「事故か何かで亡くなって、白い部屋で神と名乗る者から『異世界で勇者としてやり直させてやる』と言われ、気付いたら町や村の近くにある森にいた、と言うケースが最も多いですね。異世界というからには、全く別次元から転移や転生をしていると思っていたのですが……」
『…………』
「申し遅れました。私はこれから貴女をお連れする街の教会で神官をしております。――ディーと呼んで頂ければ」
『……サクヤ、です。
「サクヤ? 変わった響きですね。隣にいる男は護衛のカーティスです。軍に所属しています」
『神官さんと軍人さん、ですか……』
「はい。間もなく街に着きます。そうしたら――」
ディーの言葉を遮るように、カートがすっと横に腕を上げた。
その動きに一瞬遅れて、ディーが左後方に視線を送る。
「…………気付かれていたか」
「そのようだ。あれだけ派手な光では、見つからない方が奇跡だと思うぞ」
カートが苦笑する間もなく、5台の小型モービルが急速に近付いて来た。
前方を照らすライトを消したまま、しかも極力音を立てないように近付いてくる。
何かの繭のような長楕円体の形状で地面から1mほど浮いたその車体は、前後に二人乗りの仕様で、車体が黒っぽい。小さなタイヤは車体を停止する時だけ、地面と接地する。
全ての車体の操縦者の後ろには、銃を構えた者を乗せていた。
カートは迷うことなく、ローブの中に隠していた愛用の長銃を、背中から取り出した。
「ディー、先に行け。ここは引き受ける」
言い切る前にカートの長銃から続けざまに弾丸が放たれた。
高度に圧縮された空気によって貫通力の高い特殊な弾丸が連射される。
確実に銃を持つ者を狙っており、3台ほどは慌てて引き返していった。
その様子から、恐らくこちらもモービルを使うと予測していたのだろう、とカートは思った。
モービルの電子制御盤と違い、生物である馬の進行を妨害するには遠距離からでは難しい。
引き返した連中は
残った2台のモービルの制御盤がある辺りをカートの狙撃で狙われ、制御できなくなったモービルがあらぬ方向へと飛んで行く。
ほっと息を吐いたカートは、馬首を返してディーの後を追おうとした。街の灯を背景に、ディーのすぐ傍の闇が動くのが見えた。
「――! ディー!」
カートの声が届くより早く、突然現れた気配にディーが視線を向ける。僅かに気を取られたディーの腕の中から、抱えていた女の気配が引き抜かれた。
慌てて視線を戻したディーの視界で、サクヤが宙に浮かぶボードに乗った男に腕を取られ、吊り上げられるのが見えた。そのまま首に腕を回される。
ディーは咄嗟にゴーグルを外して投げ捨てた。
「サクヤ!」
手綱を引き、ディーは愛馬が止まるのを待たずに懐から取り出したナイフを投擲する。
唯一、防刃仕様になっていない筈の眼を狙って放たれたナイフは、暗視ゴーグルを貫いて暴漢の眼球に届いた。
凄まじい叫び声を上げて暴漢が手を離すと、サクヤが宙に放り出される。
(しまった!)
ディーは馬の背から飛び降りる。
馬の腹を蹴ったカートがサクヤの落下地点へと急ぐと、宙に投げ出されたサクヤの身体がふわりと回転した。
落下速度が眼に見えて落ちる。
身体を斜めに着地して、そのまま受け身を取るように転がった。
「…………何だ、今のは……」
カートにはサクヤの身体が、宙で一瞬止まったように見えた。
風がサクヤの身体を押し上げ、そのタイミングでサクヤは受け身が取りやすいように体勢を調整していた。
ディーもカートと同様に、サクヤを眼を見開いて見つめている。
まだ遠くに見える街の灯りは、立ち並ぶビルとその間を縫うように高い位置を走るモービルのライトだ。
その灯りを背に、サクヤは片膝を付いた体勢のまま呟く。
『……何なのこの
ゆらりとサクヤが立ち上がる。
その身体からはぶわりと薄赤い気配が拡がったように見えた。
不穏な気配を漂わせるその様子に、カートとディーが思わず立ち竦む。
『あの……白い幽霊みたいな女……出て来い。きちんと、今すぐ、説明しろぉぉぉぉ!!』
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