第5話 動かぬ証拠
このキューブが持っているのは音声の記録能力。
それを、この場の更なる炎上を呼ぶために再生ボタンをポチッと押した。
するとノイズ交じりの声が聞こえる。
<しかしあの殿下め、葬儀に参加したいなどと、面倒な事を……>
<断れないの?>
<『たとえたった一人の参列者になったとしても列席する』『実際に遺体が無くとも良い、彼女の事を弔いたい』と言って聞かん。私のも一応『侯爵としての立場』があるからな、ここまで言われれば形だけでも式をせざるを得んだろう>
<死んでからも私たちに迷惑を掛けるクズが……>
話し声は、明らかに侯爵とその妻のもの、つまり私の両親のものだ。
それに気付き、周りが一層ざわめきを増す。
<まぁ良い。シリアとの顔合わせにはなるからな。ビクティーなんぞを好く物好きだがシリアに会えば目も覚めるだろう。シリアの器量はピカイチだからな>
そう言ってクツクツと笑う声は、いつもの外面なんてまるで投げ捨ていて取り繕う隙が無い。
その状況を危惧したのか、それともこの後の会話内容を思い出したのか。
彼は私に「それを渡せ!」と飛び掛かってきた。
しかしそこで身を翻し、私と父の間に入った殿下が剣を鋭く突きつけた。
その間にも録音の声は話し続ける。
<でもアナタ、殿下がやって来たせいでもしあの事故が私たちのやった事だとバレたりしたら……>
<バレる筈など無いだろう。全ては崖の奥深く、あそこは誰も降りられないような切り立った場所だ。……あまりそう心配するな。既に証拠になるものはすべて始末した。――人間を含めてすべて、な>
<ではアレも――>
<勿論バレる筈が無い>
と、ここで会話はプツリと途切れた。
「因みに最後にお母様が言及した『アレ』の正体こそが、先ほど言った不正の事です」
そう言って、私は隠し持っていた大量の書類を空に投げた。
「実は我が侯爵家、税収を誤魔化して国を騙していたんです。簡単に言えば横領ですね。私はそれに気が付いて、証拠を集めて問い詰めた」
雲一つない青い空に舞う白い紙が美しい。
が、空を舞うのは国に出した収支報告を始め、実際の税収に産業収支。
見る人が見れば真っ黒だとすぐに分かる代物ばかりだ。
「それでも父はそれを公にする気が無さそうだったので私が『国に報告する』と言ったところ、『少し時間をくれないか、お前が次に領地から返ってくる時までにはきちんとするから』と言われました。まぁその回答が
私は軽い口調で「ホント、笑っちゃいますよね」と言った。
実際にはまったく笑い事じゃないんだけど。
「そんな、だって証拠は全て処分して――」
「私だって、伊達に十何年も貴方の子供をしていた訳ではないですよ。もちろん貴方に『待ってくれ』と言われた時に、殿下には証拠を送りました」
「貴様、まさか父親を裏切るなどと……」
「味方であった事なんてただの一度もなかったわ」
恨めしそうな父の言葉を鼻で思い切り笑ってやる。
すると護ってくれていた殿下が「出番だな」と、一歩前に歩み出る。
「ノトス・シークランド、貴殿には国を欺き利を損なったとして国家反逆罪の疑いが掛かっている。王城まで来てもらおう! ご婦人と、それからシリア嬢もだ!」
その言葉が発せられた途端、彼が密かに連れてきていた近衛兵たちが姿を現し私の両親を包囲した。
「な、何故私たちまで……」
「先程の会話を聞くに、貴女も不正の事実を知っていながら黙っていたのだろう? それなら立派な共犯だ。シリア嬢にも、その疑いが掛けられている」
そう言って、殿下は「おや」という顔になった。
「シリア嬢は?」
殿下の声に「そういえば」と私も思った。
すると母が「あ……それはその……」と、何とも歯切れが悪い事を言う。
最初は庇っているのかとも思ったが、そんな感じでもなさそうだ。
だから猶更意味が分からない。
しかし殿下に低い声で「どこだと聞いている」と言われたので、母は消え入りそうな声で答えるしかない。
「……屋敷です」
「屋敷?」
曲がりなりにも姉の葬儀に一体屋敷で何をしてる。
そんな気持ちが殿下の顔から滲み出ていた。
が、やはり私は伊達にこの家にいない。
これについても想像がつく。
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