第4話 私も伊達に準備してない



 貴族の子が生まれた時に、王から賜る青い石。

 それに誕生日と家紋を彫刻し、肌身離さず持っておくという風習は彼等にはある。

 

 そしてこれにもよく見れば、私の誕生日とこの侯爵家の家紋がちゃんと刻まれているのだ。


「この石には特殊な加工技術が施されていて、その職人の所在や名前の一切は国が秘匿しています。偽物なんて用意出来ない」

「そ、そんな物、本物から奪い取れば――」

「ビクティー・シークランドだって、曲がりなりにも侯爵令嬢。この証が命より大事な事も、これを無くした時に失うものが何なのかも当然分かっている筈ですが」


 私がそんな風に言えば、これまた友人たちの方から「そんな貴族としての誇りを捨てるような真似、ビクティー様がする筈が無い!」という声が上がる。

 まったく打ち合わせなんてしてないのに、欲しい所で援護をくれる。

 大変ありがたい。


「それをまさかこの土地の統治に熱心だった令嬢が、最期には貴族としての誇りよりも自分の命を選ぼうとしたなどという恥さらし、まさかやったとは言いませんよね?」


 そう言えば、彼は歯噛みして黙り込む。


 それを見て騎士たちもとりあえず私を拘束するのはやめたようだし、ここが多分攻め時だ。

 すかさず強気に本題へと迫る。

 

「さて皆さま。先ほど私は『殺された』と言いましたが、実際には少し違います。殺されそうになったのです。誰でもない、この父に!」


 私は両手を大きく広げ、悲痛に聞こえるような叫びでそう告げた。

 その演出は我ながら「大袈裟だな」と思うけど、私の敵は曲がりなりにも社会的地位のある人間だ。

 このくらいしない事には周りの気を引き同情心を集める事は出来ないのである。



 この言葉を受けて、周りはまた大きく揺れた。

 それはそうだろう。

 突然亡くなった若い娘の葬式に行ってみたらなんと娘は生きていて、その彼女が『殺されそうになったのだ』と主張した上にその犯人が父親だと言う。

 先程あんなに良いスピーチをしただけに、尚驚いた事だろう。


 私のコレには流石に父も慌てたのか、遂に外面を作る事もすっかり忘れて「なっ、何を言っているんだ貴様はっ!」と大きく叫ぶ。

 が、気にしない。


「あの日私が乗った馬車はいつもは決して通る事のない険しい道を走っていました。私が度々領地と王都を行き来していたのは皆さまも知るところでしょう? それなのに今回だけそんな道を選択したのです。不思議ですね?」

「それは御者の落ち度だろう! お前を落とそうとしたという証拠にはならない!」

「あらお父様、誰かの故意だったという言には疑問を挟まないのですね」

「ぐっ」


 かなり焦っているようだ。

 お陰で仕事がやり易くていい。


「車軸にはあらかじめ切り込みが入っていました。現場は特に悪路でしたから、その用意だけで十分あのポイントで意図的に馬車を壊す事は可能でしょう」


 そして案の定、例のポイントで馬車はきちんと壊れてくれた。


 私が助かったのは、ただ運が良かっただけだ。

 事前に馬車の傾きを不自然に思い、タッチの差で思い切って馬車から飛び降りたこのファインプレーをぜひ称賛したい。


「ふんっ、そんなものは私を陥れるためのお前の偽証だ。そもそも私には動機が無い」


 口の端をクイッとあげてそう言った彼は、おそらく私が屋敷で集めて隠し持っていた数々の『証拠』は、既に処分済みなんだろう。

 が、侮らないで頂きたい。


「動機なら沢山あるでしょう。私が殿下と仲良くさせていただいていた事。それが貴方の最愛の末娘を差し置いた行為だった事。そして、お父様」


 これが最も致命的で確定的。

 おそらくこれが無ければ流石の父も人殺しまではしようと思わなかっただろう、その要因。


「貴方が行っていたの証拠を、私が握ってしまった事」


 そう告げた瞬間、周りが「不正?」「何の話だ?」「侯爵様が?」と騒ぎだした。

 良いぞ周りよ、もっと盛り上がれ。


「それこそ証拠がない事だ! 変な言いがかりをつけるのは止め――」

「実は私、殿下からとあるものをお借りしておりまして。これを仕掛けておいたところ、面白い会話が撮れたのですよ」


 父の言葉を遮って、私はとあるキューブを取り出した。



 ――アーティファクト。


 不思議な力が秘められた古代の遺物で、昔は使えた筈の魔法で作られたとか別の技術の集大成だとか、色々な言われ方をしているが、結局のところは正体不明の国宝だ。

 それを殿下は「今回の為に」と私に貸してくれていた。

 

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