第3話 お葬式、始まったから乱入です
その日、遺族として参列していたのは初老の男女だった。
私の両親、その人たちだ。
二人とも喪服に身を包み、少し疲れた様な顔を装っている。
そんな彼らを、私は参列者に紛れてジッと観察していた。
私の今の服装は、黒い長丈のワンピースにベール付きの黒い帽子、黒いレースの手袋に黒い靴。
栗色の長い髪や背格好まではどうしたって隠せないが、多分そこは問題ない。
そんな凡庸な特徴くらいでは、妹ばかりを猫っ可愛がりしていた両親は全く気付きもしないだろう。
目の前に飾ってある自分の遺影を不思議な気分で眺めている内に葬式は進み、遂に遺族代表の挨拶の時間になった。
代表は父である。
「皆さま、ご参列いただきありがとうございます。娘・ビクティーも喜んでいる事と思います。娘は生前――」
そんな文句で始まったソレは、私について幾つか語った。
先程殿下に言ったように「娘はこの土地を愛していた」とか、「政治・経済に興味があるという令嬢としては少し困った子だったけれど、全てはこの領地の民たちの為を考えての事だった」とか。
もし第三者として聞いていたなら、きっと「見上げた令嬢だったのだなぁ」と思うだろう。
腐っても一応侯爵というだけはあって、この男、そういう事は得意なのだ。
まぁ当事者としては「よくもその口でそんな事が言えたものだ」と思うけど。
少しの間聞いていたが、遂に鼻で小さく一笑いすると私は前を目指して歩き出す。
周りの人たちが、私に注目してるのが分かったが、気にしない。
自分の晴れの舞台を邪魔された父は、「お、おい君! 一体何のつもりで――」と怒りを向るが、それに被せてこう言い放つ。
「皆さん、このようなガッタガタの領地まで足をお運びいただけて、私とても嬉しいですわ」
この言葉に、この会場のほぼ全員が目を剥いただろう。
その声に、自分の領地を『ガッタガタ』と言い募るその言い草に、おそらくは強い既視感を抱いて。
「あぁ、一応言っておきますが何が『ガッタガタ』かと言いますと、もちろん領地経営がです。職務怠慢は日常茶飯事、その上横領まであるというのですから目も当てられません」
「き、貴様は……」
「あらお父様、今正に死を悼んでいた筈の娘に対して『貴様』は無いと思いません?」
顔を青くした父に向って、私はそう言いベールを外す。
「私、生き返って参りましたの。殺されたので、死にきれず」
その瞬間、狼狽した様子の父とまっすぐに目が合った。
実にいい気味である。
絶句する父とは対照的に、周りは大いにざわついた。
死んだと思っていた人間が突然登場したのだ、当たり前である。
生きていたのか、それとも幽霊にでもなって出て来たのか。
どちらにしても『殺された』とは穏やかじゃない。
そんな感情が、あっという間に疑心になって辺りに色濃く立ち込める。
おそらくそれを「マズい」とでも思ったんだろう。
目の前の男が叫んだ。
「ピクティーはあの切り立った崖から落ちたのだ! そのせいで遺体さえ探す事が叶わなかった、無事な筈が無い! なのにこの場に乱入し悪戯に皆の心をかき乱すとは無礼だぞ!」
そう声を上げた彼は、傍から見れば娘思いの父のように見えたかもしれない。
が、そうでない事は私が誰より知っている。
「あらお父様、最愛の娘の声を、顔を、お忘れですか? ……あぁ、お忘れかもしれませんね。なんせ社交のオフシーズンになる度に私だけを領地に帰して仕事をさせて、自分たちは王都で楽をしているくらいですから」
サラッと演説の嘘を暴き、本物の娘を見分けられない父を揶揄する。
ここには私の友人たちも、ちゃんと参列してくれている。
父関係の付き合いで出席している貴族達なら未だしも、彼女たちが私に気付いてくれない筈がない。
すると私のこの気持ちに答える様に、「ピクティー……」「ピクティーですわ!」という声が口々に上がり始めた。
ありがとう、友たちよ。
が、こんな状況でも父はまだ食い下がる。
「整形……そう! 別人が整形手術をして姿形を似せているのだ!」
「私が死んだ事になってから今日までは賞味1週間。整形手術をしていても、術後の完治に間に合いませんよ。悪足掻きはよしていただけません? 見苦しい」
わざとらしくため息を吐きながら周りにそう聞かせてやると、彼はカッと顔を赤くして「そんなものではお前が本物である証拠にはならない! 前から準備していた可能だってあるだろうが!」と声を大きく荒げてきた。
「……そんな偽証をするなんて、さてはお前こそがピクティーを事故に見せかけて谷に落とした真犯人だな? 自分で事件を起こすのならば、事前に整形手術を済ませておくのもさぞかし簡単だろうからなぁ!」
そう言うと、手持ちの騎士たちに「とっととこの不愉快な偽物を捕まえんかっ」と指示を飛ばす。
なるほど、父の言う事も一応筋は通っている。
騎士たちもおそらくそう思ったのだろう。
とりあえず私の事を捕まえようと動き出し、それを見た父がニヤリと笑みを浮かべた。
が、私だって葬儀までの2週間、伊達に準備をしてきていない。
これくらいは、想定内だ。
「では、これでどうです?」
そう言って、私は周りにとある指輪を突き出して見せる。
その指輪にはめ込まれた青い石は、この国の者ならばきっと誰もが知っている代物だ。
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