待ち続ける日々

 カイが旅立ってから、アルルは毎日カイの帰りを待ってため息をついた。しかしアルルの側にはいつもベルがいて、優しく励ましてくれたから、アルルは気丈にカイの帰りを待つ事が出来ました。

 カイが旅立って3年たった頃、ついにカイは帰ってきました。精悍な顔に傷を作り、自信に満ちあふれた表情は、とても立派な勇者に見えました。


 アルルは泣いて喜んで、カイはアルルの元に帰ってきた事を喜び、二人は抱きしめあいました。村人達は勇者の帰還に大騒ぎです。


「アルル。南の国の王様にもらった指輪だよ。君へのお土産さ」


 とても立派な宝石のついた指輪は、ただの田舎娘には似合わない物でしたが、カイのお土産が嬉しくて、アルルの宝物になりました。

 

 それから穏やかな日々が続きました。カイは人々に旅の話を聞かせました。村からでた事のない人々にはとても興味深い話ばかりで皆大喜びです。

 勇者になっても全く威張った所のない、気さくなカイを皆とても尊敬していました。




 カイが帰ってきて一年。ある日また突然村に天使が舞い降りました。


「勇者よ。西の山奥にある封印が解かれた。中から死霊の王が現れて、死霊達が西の国を襲っている。すぐに旅立ちなさい。人々を救うのです」


 カイはアルルを見つめました。アルルは大きなお腹を優しく撫でています。


「もうじき子供を産むアルルを置いて旅立てないよ」


 カイが寂しそうにそう言うと、アルルは優しく微笑んでそっとカイの肩に手をおきました。


「私は大丈夫だから。西の国の人を助けに行ってあげて。私はいつまでも貴方の帰りを待っているわ」


 優しいアルルにそう言われカイは決心をし、二人は泣きながら別れを告げて、カイは旅立ちました。

 その後アルルは男の子を産みました。アルルはカイルと名付けました。カイと一緒に男の子が生まれたらそう名付けようと相談していたのです。


 カイルはすくすくと育ち、あっというまに元気に遊び回る少年になりました。しかしカイルは父親の顔を見た事がありません。アルルはそんな息子の事が可哀想で仕方がありません。夜中にカイルの寝顔を見ると涙がこぼれてきます。

 そんなアルルをベルは優しく慰めました。


 ある時旅の行商人が勇者の噂を教えてくれました。西の国の王女様と勇者が恋仲だと言うのです。アルルは激しく動揺しました。それでもただの噂だ、カイは私の夫だと、強く信じて待っていました。


 そしてカイルが10歳になった年、ついにカイが帰ってきました。

 アルルは大喜びで駆け寄りました。カイに抱きついた時、甘い香りがして驚きました。


「西の国でもらった香水なんだ。アルルへのお土産に香水を貰ってきたよ」


 アルルは香水なんて見た事もありませんでした。田舎の村で香水をつける機会などないでしょう。それでもアルルはカイのお土産が嬉しくて宝物にしました。


 村中でカイの帰還を祝う宴が終わった後、カイは家に帰ってきました。初めて会う息子の寝顔を撫でて優しく見つめています。


「カイルがあんなにはしゃぐ姿を始めてみたわ。カイと会えたのがよっぽど嬉しかったのね。ずっと貴方に会いたがってたのよ」

「俺もアルルとカイルにずっと会いたかったよ」


 そう言いながらカイはアルルを抱きしめようとしました。するとアルルはカイの顔を見上げて微笑みながら言いました。


「西の国の王女様は綺麗な方だったの?」


 カイの右の眉があがり、硬直しました。カイには何かやましい事がある時に、右の眉が上がるという癖がありました。それであの噂は本当なのだと、すぐにアルルにはわかりました。


「私は貴方の帰りをいつまででも待つつもりでしたよ。でもカイルは……貴方がいない間どれほど辛かったか。人々を救う為には仕方が無いかもしれない。でも女の人と遊んでいて帰って来ないなんて……」


 アルルはめったな事では怒りません。そのアルルが静かに怒っていました。カイはすぐにその場で土下座しました。


「すまない。遊ぶつもりじゃなかったんだ。ただ……死霊の王を倒した祝いだと、西の国の王に引き止められて、その時に……。でも、俺の妻はアルル一人だけだ。もう浮気なんてしないから、許してくれ」


 カイは必死に謝り倒して、アルルはカイを許しました。


 それからまたしばらく、穏やかな日々が続きました。カイルはカイに剣術を教わり、将来はカイのように勇者になりたいと言いました。

 夫婦はそんな息子の様子を微笑ましく見守っていました。




 しかし、カイが帰ってきて半年後、また村に天使が舞い降りました。


「勇者よ。北の国で邪神が降臨しました。悪魔達が北の国を暴れ回り、人々が殺されています。すぐに旅立ちなさい」


 カイはその言葉を聞いてカイルとアルルを見つめました。カイルは泣いて「行かないで!」と駄々をこねました。アルルはそんな息子を抱きしめて撫でながら言いました。


「カイ。いってらっしゃい。この子は私が大切に育てるから」


 カイとアルルとカイルは涙を流して別れを告げました。

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