勇者の妻の物語
斉凛
選ばれし者
昔、昔、ある田舎の小さな村に、アルルという名の少女と、カイという名の少年がいました。二人は物心つく前から幼なじみでした。
アルルはごく平凡な少女でした。そばかすの目立つ肌が気になりましたが、黒めがちなつぶらな瞳が愛らしい少女でした。
アルルは機織りと裁縫にかけては、村一番と言われていました。とても優しく思いやりのある子で、村中の人から愛されていました。
カイはごく平凡な少年でした。背が高くがっしりとした体型で、でもそれとは不釣り合いなぐらい、おどおどした自信のない表情を浮かべる、恥ずかしがりやな少年でした。
カイは猟師の父の手伝いで子供の頃から山に入って獲物を狩っていました。狩りの腕は村一番と言われていました。とても優しくて、真面目で、責任感が強くて、口べたで、村中から愛されていました。
二人は年頃になり、恋をして、結婚する事になりました。
アルルは糸をより、機織りをし、刺繍をして、立派な花嫁衣装を作りました。これほど見事な花嫁衣装は見た事がない、きっと素晴らしい妻になるだろうと、村中の人は言いました。
カイは一週間山にこもって、ひたすら獲物を追い続けました。結婚式の日の宴に、立派な肉をだして皆を喜ばせたかったのです。カイが持ち帰った獲物に村中の人はびっくりしました。これほど見事な狩人なら、きっと素晴らしい夫になるだろうと、村中の人は言いました。
二人の結婚式は慎ましく、とても温かい心のこもった宴が開かれ、村中の人が祝福しました。
この日アルルとカイはとても幸せでした。
翌日。こんな田舎の村にはふさわしくない程、豪勢な馬車と兵士達がやってきました。皆何事かと驚いて集まると、馬車の中から、真っ白な僧服と立派な帽子を被った司祭がでてきました。
「この中にカイという名の、若い男はいないか?」
カイはなぜ自分の名を呼ばれたのかと、驚きつつ前に進み出ました。
「神からお告げがでた。お前は神に選ばれし伝説の勇者だ」
司祭はそう告げましたが、カイにはとても信じられません。何かの間違いではないかと司祭に聞きました。すると司祭は一振りの立派な剣を取り出しました。
「これは勇者の為に作られた聖剣だ。この剣は普通の人間には鞘から引き抜く事は出来ない。選ばれし勇者のみが引き抜く事が出来るのだ」
試しに村中の力自慢の男達がこの剣を引き抜こうとしました。しかしどれほど頑張っても剣は鞘から抜けませんでした。最後にカイが手に取ると、いとも簡単に鞘から引き抜かれたのです。
カイが剣を掲げた時に、天から光が射し、白い翼をはやした天使が降りてきました。
「勇者よ。私は神の使者である。この世界を救うため、旅立ちなさい」
カイは困惑しながら、新妻のアルルを見つめました。
「彼女を置いて旅立つ事は出来ません。彼女を連れていけますか?」
「それは無理だ。その娘はごく普通の娘だ。激しい戦いの中で身を守る事も出来ずに、死んでしまうだろう」
天使はさらに険しい顔でこう伝えた。
「南の国に魔王が現れた。魔王の手下が南の国の民を襲い、人々はとても苦しんでいる。迷っている時間はない」
カイは困った表情で立ち尽くします。そんなカイを背中からアルルはそっと抱きしめました。
「貴方が困っている人達を救えるなんて凄いわ。私は大丈夫。貴方を待っているから。安心して行ってきて」
「アルル……ありがとう」
優しいアルルを抱きしめてカイは天使に言いました。
「せめてアルルが寂しくないように、無事に毎日を過ごせるように、天使様のご加護をいただけないでしょうか?」
天使は右手をふんわりと動かすと、光の球が現れてアルルの手のひらへと舞い降りた。アルルの手の中でその球は割れて、中からとても小さくて美しい少女が現れた。
「私の名前はベル。天使様の御使いの守護天使なの。今日から貴方の側で、貴方を守ってあげるわ。よろしくね、アルル」
ベルが微笑むと、まるで花が割いたように、皆うっとりと微笑みます。
「この守護天使がいる限り、この村はあらゆる災難から守られる。安心して旅立つが良い。勇者よ」
天使はそう告げると、その翼を開いて飛んで行った。
こうしてカイは勇者として旅立つ事になりました。アルルと別れるときは何度も泣き、できるだけ早く帰ってくるからと、何度も誓って、別れを惜しみながら旅立って行きました。
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