第23話 暗い海の中
「そうだね! 麗奈も疲れたろうし――」
言葉を言い終える瞬間に意識が遠のいてしまった。
力が抜け、電池が切れた人形のように地面に倒れると、麗奈の悲鳴が遠く聞こえる。焦っているような声が聞こえ、その顔を見ると必死な形相で守を呼んでいるようだ。
「れ、麗奈が無事でよかったよ……」
今更言うのもなんだが、ちゃんと思っていたことだ。
その言葉が届いたのか目を見開いて頭を持ち上げられて抱えられた。
「ありがとう……やっぱり出雲は私のヒーローだよ――」
ヒーロー。
その言葉は昔に誰かに言われたことがあった。いつだったろうか。確か美桜と別れた後かとぼんやりと思い出す。
「お、俺は――」
何かを言おうとしたのだが、そこで意識が途切れた。深い深い暗い海に沈むような感覚を受けつつ。静かに眠りについた。
やはり魔力が影響をしたのだろう。枯渇しすぎていて麻痺していたのが戻ったのだろう。やはり魔力は考えて使う必要がある。
出雲は深い暗い海に沈んでいたのだが、静かにゆっくりと浮上をしていく。海面に近づくにつれて誰かの声がうっすらと響き渡る。
「だ、誰の声だ……? 何か心地の良さを感じるけど……」
心地の良い声は誰の声かと考えていると、次第に鮮明に聞こえてくる。
「ああ、この声は麗奈だ。麗奈が俺のことを必死に呼んでる……」
海面を目指すために態勢を変えて泳ぐ。
もがきながら一刻も早く海面に浮上をして意識を回復したいと、一心に願いながら泳ぎ続ける。
「麗奈に会いたい! 麗奈、麗奈、麗奈!」
麗奈の名前だけを呼びながら泳ぎ続けると、一筋の光が海に注いでいた。
その光が体に当たるととても優しい暖かさを感じる。どういう現象か分からないが、海を照らす光を目指せばいいことは理解をしていた。
「あれを目指せば……あの光に入れば!」
降り注ぐ一筋の光に手を伸ばして指先に触れた途端、体が海面に向けて引っ張られる感覚があった。
「ひ、引っ張られる!? あの光かな?」
光りに触れた瞬間なので、やはりと小さく呟く。
「やはりこの光の現象かな? ていうか、ここは俺の意識の中なのか?」
この場所が分からないままであるが、それでも海面に出れることが嬉しい。
どういう理由か分からないが、光の謎もあるので、ただの夢であろうと考えることにした。
「海面に出れる!」
そう叫びながら海面に浮上をしたと同時に、現実世界で目がパチリと勢いよく開く。
「こ、ここは……」
体を起こして周囲を見ようとするが、全身に激痛が走ったためにベットに背中を預けることにした。
「あ、起きたの!? 大丈夫!?」
横から声が聞こえたので振り向くと、そこには麗奈が私服を着て椅子に座っている姿が目に映る。
その顔には涙を流したのか、目元が腫れているように見えた。麗奈に話しかけるために痛む体に鞭を打って起こすと、頭を抱かれてしまった。
「どうしたの!?」
「出雲が目覚めてよかったと思って……あれから五日も寝てたのよ? そりゃ心配にもなるわよ」
「五日!? そんなに寝てたの!?」
「そうよ? 守さんとか魔法騎士団の職員の人達が大慌てだったわよ。新入騎士が初日に倒れて目覚めないってね」
椅子に座っている麗奈はいつの間にかその手にリンゴを持っており、その場でリンゴの皮をむき始めた。
「お爺ちゃんが持っていけって言ってね。結構高いみたいよ?」
「心配かけちゃったね。あとで連絡しておこ」
リンゴの皮をむく麗奈の姿を見ることにした。
慣れた手つきで皮をむいていくその姿は、まさしく慣れ親しんだ幼馴染と言った感じに思える。綺麗にむいた皮をビニール袋に入れているようで、リンゴの次は側に置いてある籠から梨を取り出している。
「お腹空いているでしょ? 果物だけど食べないとね」
「ありがとう。少しずつお腹が空いてきたよ」
意識を回復してから喉が渇いてきたり胃から大きな音が鳴っている。
流石に五日の寝ていて何も食べていない空腹は耐えるのが難しい。麗奈のむいていく果物を早く食べたかった。
「リンゴ食べたいー」
正直に麗奈に伝えてみた。
すると、どこからか楊枝を取り出して切ったリンゴの一つに差し、それを出雲の口の側に持っていく。
「ほら、口を開けなさい。食べさせてあげる」
「いいの!?」
「いいから!」
頬を赤らめているようで、強引に口に捻じ込まれてしまう。
リンゴの果汁や甘さが美味しくて涙が出そうになるが、出さずに美味しいと麗奈に伝えた。
「そう? ならよかったわ」
照れながらも笑顔で次々に果物をむいていく。
全部食べられるか不安になるが、麗奈も食べると言っているので安心をした。
「果物は美味しいわね。梨が最高だわ」
麗奈は昔から梨が好きだ。
梨のケーキや梨のプリン、そして梨単体で食べるのが好きである。とりあえず何かがあったら梨をプレゼントすればいいと源十郎に教わったことを思い出していた。
「昔から好きだよね。きっかけとかあったの?」
「きかっけねはお母さんかしら。子供の頃に道で転んで泣いていた時に、お母さんが梨をくれたの。食べたら元気になるわよってね。本当に食べたら元気が出てね、それから好きになったの」
「そんなことがあったんだ。知らなかったよ」
「言ってないもの。恥ずかしいことは言いませーん」
微笑をしながらそういう麗奈は、どこか楽しそうであった。言わないというのに言っている。これはどういったことなのか出雲には理解ができていない。
しかし、教えてくれたということは心を開いているということなのだろうか。難しいなと考えながら、梨を口に押し込まれているのであった。
「お腹いっぱいになった?」
梨を押し込まれながら聞かれるが、上手く言葉を発せない。
それでも噛みながらいっぱいだよと、なんとか言うことができた。その言葉を聞いた麗奈は満足をしたのか、笑顔でよかったわと言っているようだ。
「そろそろ帰るわね。家で夕食の準備をしなくちゃいけないから」
「あ、そんな時間なんだ」
「そうよ。ちなみに、ここは魔法騎士団の意気がかかった病院みたいで、特別室の病室らしいわ」
特別室と言われて改めて室内を眺める。二人並んで寝れるベットに、入り口側に個室トイレに洗面台がある。
それにベットの左横には小さめだが充分に大きい液晶テレビが置かれており、ベットの前には小さめの長方形の机に高級感溢れるソファーが見えた。どう見ても入院するには度が過ぎる病室である。
「気にしてなかったけど、改めて見ると高級な病室だ……お金出せるほどないよ……」
請求をされたら終わると頭を抱えていると、料金は魔法騎士団が払ってくれるらしいわよと教えてくれた。
「それ本当!? 本当なの!?」
「本当よ。守さんが昨日来て入院や治療費を払ってくれるって。よかったわね!」
「うん! 少し安心したよ」
料金のことを話したら麗奈は帰るわねと言い、部屋から出て行った。
麗奈がいなくなった病室は途端に広く感じ、一人では広すぎると思ってしまう。
「一人じゃ広いし、することないな……」
とりあえず側にあるテレビの電源を入れて何かを見ることにした。
音を流して、この静寂が消えればいいと思っていたのである。チャンネルを回していくとあるニュース番組を見つけた。そのニュース番組に出演をしている女性が緊急ニュースですと言って慌ただしくしており、何か起きたのかと見ている出雲は不安を抱いてしまう。
「何かあったのか? もしかして白銀の翼か?」
表舞台に立って何かをし始めたのかと考えを巡らせていると、女性が緊急ニュースですと改めて伝え始めるようだ。
「ただいま緊急中継が入っております! 情報によりますと、国王陛下には秘密にしていたお子様がいたようで、これからお披露目があるそうです!」
入団式の時に美桜が言っていたことだろうか。
白日の下にさらされて美桜がどのようになるかは分からないが、言っていた通りなら守さんのもとで魔法騎士として国のために働くらしい。様々な思いが脳裏を巡るが、今は中継を見ることにした。
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