第2章

第17話 入団式

 頬を擽る風が気持ちいい春。多くの人々の生活が変わる季節である。黒羽出雲も例に漏れず生活が変わった。

 現在、魔法騎士団の入団式に向かう準備のため、新品の皺が一つもない綺麗なスーツに身を包んでいる。部屋の窓で変ではないかと確認をするがよく分からない。


「変じゃないかな? 似合ってるかな?」


 自分で確認をするが分からない。

 とりあえず祖母に確認をしてもらおうと決め、二階へ降りる階段を静かに下ると、何やらガムテープを手に持っている姿が見えた。


「ガムテープを持ってどうしたの?」


 不審な動きをしている祖母に話しかけると、こっちに来てと手招きをされてしまう。小首を傾げながら近づくと、着ているスーツにガムテープを貼られてしまった。


「な、何をしてるの!?」

「埃や糸くずを取ってるのよ。初出社なんだからキチンとしていかないとね」

「そうだよね。ありがとう」

「始めが肝心だからね。ちゃんとしないとね」


 まさかそこまで考えてくれていたとは思わなかったので、ちゃんと汚さずに行こうと決めた瞬間である。

 おそらく制服を支給されて着替えるであろうが、それでも通勤時には着るので大切に扱わないといけない。


「そろそろ行くね。朝からありがとう」

「いいのよ。全力で頑張ってきなさい」

「分かった!」


 玄関で手を振って家を後にする。

 とにかく緊張をして吐きそうになるが、気持ちを落ち着かせるために袋に入れて持っている神楽耶を触ることにする。


「神楽耶を触ると落ち着くな。ずっと触っていたいな」


 袋に頬ずりをしながら電車に乗って魔法騎士団本部に向かう。

 朝日が眩しい早朝であるにも関わらず車内には人が沢山乗っている。朝の通勤時にはこんなに人がいるのかと驚きながら椅子に座って乗り続けた。


「到着した。緊張をしながらだから長く感じたな」


 試験の時よりも到着をするまでの時間が長く感じたが、魔法騎士団本部の前で大きく深呼吸をして気持ちを整える。


「ここで吐いたらダメだからな。落ち着け……落ち着け……」


 胸に手を置いて目を閉じる。

 何度か深呼吸をして吐き気を抑えながら本部に入っていく。建物内では午前八時前だというのに既に多くの人が忙しなく動いていた。


「やっぱり魔法騎士団は忙しいんだな。俺は魔法騎士だからまた違う忙しさなのかな?」


 周囲を見渡しながら試験の時に聞いた受付に移動をすることにした。

 以前に話した受付の女性を見つけ話しかけようと近づく。


「すみません。今日から魔法騎士団に入団をする黒羽出雲です」


 嚙みそうになりながら言うことができた。


「あ、今日から入団の黒羽出雲さんですね。お待ちしておりました最上階にある講堂にお進みください」

「最上階ですか?」

「そうです。そこで入団式を行います」


 とりあえず最上階である三十階に向かうことにし、エレベーターの中で到着をするのを待つことにした。


「やっとここまで来た。やっとスタート地点だけど、これから活躍をしていくぞ!」


 拳を握って意気込んでいると、暫くして三十階に到着をした。


「ここが三十階か。目の前に大きなドアがあって凄い場所だな」


 エレベーターを降りると目の前に自身の身長を超える高さの扉が見えた。その扉の先に講堂があるのだろうと思い、静かに開けることにする。

 すると、段差になって椅子が下に続くように設置してあり、奥には舞台があった。その上にマイクが一本だけ置いてあるようで、そこで誰かが話すのだろうというのが一目で理解ができた。


「ここで入団式をするのか。本当に魔法騎士になれるんだな……俺は覚悟を決めて突き進むだけだ」


 意を決して講堂内を進むと、舞台袖から守が現れた。


「やっと来たな。集合時間には間に合っているな」

「はい! 早めに来ました!」

「それでいい。もう一人の入団者はまだみたいだな」


 周囲を見渡している守を見ていると、扉が勢いよく開いてもう一人の入団者が現れた。


「ごめんなさい! 遅刻してないですよね!?」


 もう一人の入団者は見たことがある人であった。

 それはここ数ヶ月の間、会うことがなかった少女である。どうしてここにいるのか、なぜ魔法騎士団に入団をしたのか分からないが、合格をしてここにいる事実がそこにあった。


「れ、麗奈!? どうしてここに!?」


 口を開けて驚いている出雲に対して、麗奈はふふんと声を出した。


「私も試験を受けていたの。それで、今日の入団式まで訓練をしていたのよ」

「訓練!?」

「そうよ、父親に教わっていたの。それはそれは辛く苦しい訓練だったわ」


 麗奈は大欠伸をしながら伸びをしながら言う。

 天明流を教わっていたのだろうか分からないが、数か月前よりもどこか落ち着いた雰囲気を漂わせていた。


「一応天明流の免許皆伝まではいけたわよ」

「免許皆伝!? 俺でもまだなのに!?」

「私の方がセンスがあったようね」


 小さく笑いながら言っているその顔は知っている麗奈だった。訓練をして免許皆伝したと言っても、やはり麗奈は麗奈。知っているそのままだ。

 少し安心してホッと胸を撫で下ろしていると、守がそろそろいいかと話しかけてきた。


「す、すみません!」


 頭を下げて謝る。

 入団をすると言うことは副団長である守の部下になるわけだ。怒らせたらいけない。


「いいさ。久々に会ったのだろう。さて、これから入団式を行うが、二人には世間に知らされるより先にある方に会ってもらう。その方が任命を行う」


 ある方とは誰だろうか。

 騎士団長なのか、魔法騎士団本部の誰かなのだろうか。ワクワクをしながら来るのを待っていると、舞台袖から出て来た人をみて目を見開いてしまった。その顔、その姿、その仕草、どこか昔に見たことがある面影を残している。


「新たに入団をするお二人。おめでとうございます。あなた方はこの国を守る剣であり盾です。どうか折れずに砕けずに責務を果たしてください」


 淡々とした口調であるが、やはりそうだ。

 会いたいと思っていた夕凪美桜が目の前にいる。その現実に驚くなと言う方が無理だ。


「ゆ、夕凪美桜……どうして……」


 美桜が着ている服は魔法騎士の制服であった。

 なぜ魔法騎士の制服を着ているのか分からず、もしかして魔法騎士として働いているのかと思っていると、守が王女様と呼んだことでその考えは打ち砕かれてしまう。


「早速入団式を始めましょう」

「そうね。時間は限られているわね」


 守るは腰に差していた剣を引き抜いて、それを美桜に手渡した。その剣を受け取った美桜は、顔の前で両手で掴んで何かを呟いている。目の前にいるのに話しかけられない。

 もどかしい中、改めて美桜を見ることにした。昔に出会った時と同じ艶やかな空色のショートカットをし、より綺麗な大人の女性だと思える艶麗さであった。変わらない鳶色の瞳を持つ美桜を見つめていると、「こちらに来て」と呼ばれてしまった。


「あ、はい……今行きます――」


 突然呼ばれたことにより心臓が高鳴って息が荒くなっていると、守が緊張しすぎだと背中を軽く叩いてくれた。


「会いたかった人が目の前にいるだろうが、今は違う。入団式を終えることだけを考えるんだ」

「分かりました……」


 どうしても話したいこと、聞きたいことが頭の中を駆け巡る。辛い。ただそれだけだ。せっかく目の前にいるのに話すことができないなんて辛すぎる。

 重い足取りで舞台の上に立つと守るに跪けと言われ、指示に従うと剣を両肩に交互に剣を乗せられた。


「これで黒羽出雲、あなたは国を国民を救う剣と盾になりました。その力で平和を脅かす悪から守りなさい」


 昔に見た夕凪美桜の顔をとは違う。

 威厳を感じ、子供らしさを捨てて大人になろうとしているように感じる。だが、そんなことを気軽に口にできない。もし言えば守との約束を破ることになるからだ。


「はい。この力を国と国民の全てに」


 美桜の前に跪いて頭を下げながら言う。

 その言葉を聞いた美桜はどこか嬉しそうなに顔をしているよう思えた。


「やっとあなたは来ました……希望の星の黒羽出雲。この世界を守る要はあなたです」

「お、俺ですか? それに希望の星ってどういう意味ですか?」


 敬語を使うのがむず痒い。

 しかしそれでも今は希望の星という言葉の意味を聞かなければならない。


「それは後々分かります。私の力はあなたの中にもあります、それを扱えるようにいなればあなたは世界を救う力を手にすることができます」

「世界を救う力? それってどういう……」


 美桜の言っている意味が分からない。

 世界を救う力や、希望の星とはどういうことなのか。一切意味が分からないまま入団式が進んでしまう。


「これであなたの入団式は終わりよ。次はそちらにいる天竜麗奈さんね」


 終わってしまった。

 これでまた当分話す機会がないのだろうかと、悩みながら舞台から降りと麗奈が入れ替わるように上がる。自身にされたと同じことをされているようで、滞りなく終わると守が入団式を終えると声を発する。

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