第15話 まだ言わないで

「美味しいわ! 花子さんありがとう!」


 既に一人で食べ始めていた麗奈は、口の端にデミグラスソースを付けながらサラダを食べていた。


「口の端にソースが付いてるよ。そんなに美味しかった?」

「美味しいわ! 花子さんの料理は世界一よ!」


 食べながら喋る麗奈に対して、祖母がゆっくり食べてねと笑顔で言いながら食べましょうと話しかけていた。


「うん。お腹ペコペコだよ」

「特性デミグラスソースだからね。ゆっくり食べてね」

「ありがとう!」


 箸を持っていただきますと言って食べ始めることにする。

 祖母の料理は全てが美味しい。特に料理教室に通ったなどは聞いたことがないが、料理店で出される料理より断然美味しい。麗奈も美味しいと言いながら食べ進めており、料理を教えてと祖母に話しかけているようだ。


「花子さん! 料理を教えてください!」

「いいけど、麗奈ちゃんも料理上手じゃない。レパートリーもかなりあるんでしょう?」

「それだけじゃ足りないんです。出雲にもっと美味しい料理を食べさせたくて」

「げっふ!?」


 咽てしまった。

 突然食べさせたくてと言われて咽ないわけがない。まさか本人の前で言うとは思わなかったし、お粥が美味しいと言ったからだろうかと考えてしまう。


「出雲君の好きな料理とか味付けとか教えてください!」

「いいわよ、後でね」

「ありがとうございます!」


 二人で何やら楽しく話し始めてしまったので、出雲は一人で黙々と食べることにした。やはり祖母の料理は絶品で、箸を止めることなくサラダと共に食べ終えてしまう。


「美味しかった。ありがとう」

「あら、もう食べたのね。お粗末様です」


 祖母が出雲の食べた皿を片付け始める。

 それを見た麗奈は手伝いますと言って席を立った。


「俺がやるからいいよ。申し訳ないし」

「出雲は病み上がりでしょう? 座ってていいわよ」


 立とうとした出雲を静止した麗奈は、祖母と共に食器を洗い始めた。

 既に食べ終えていた麗奈は自身の皿も洗い始め、祖母だけの料理が食卓の上に残っている。


「私が洗うので、食べていてください」

「そうかい? ありがとうね」


 席に戻った祖母は、料理を食べることを再開した。


「麗奈ちゃんは良い子よ。大切にしなさいね」

「う、うん。大切にするよ」


 多分彼女であると勘違いをしているであろう。

 嬉しそうに大切にと言う祖母を裏切れないし、どうすればいいのかと悩んでしまう。


「何か言ったー?」


 二人が話していることが気になったのだろうか。洗いながら麗奈が話しかけてくる。


「別に何でもないよ。麗奈が良い子って話しなだけ」

「そ、そんなことないですよー! 普通です普通!」


 頬を赤く染めながら照れているようだ。洗う速度が落ちている。

 流石に可愛いと思ってしまうが、麗奈のことは友達のように見ていたのでこの感情が何なのか理解ができない。


「早く決めないといけないのか。源十郎さんにも言われたしな」


 早いうちに決めないといけないが、夕凪美桜に会ってから決めたいと考えていた。それで麗奈との関係がどのようになるか分からないが、理解をしてくれるだろうと思うことにするしかない。


「洗い物が終わりました。私はこれで失礼しますね」

「もう帰っちゃうのかい? もう少しいればいいのに」

「帰って家のこともしないといけないですから。すみません」


 頭を下げて麗奈は花子に謝っている。

 気にしなくていいわよという花子の言葉を聞いた麗奈は、笑顔でまた来ますと言っているようだ。


「気を付けてね。あ、出雲が送ってあげなさいな。夜道は危険よ」

「そうだね。送るよ」


 出雲は麗奈を連れて家を出る。

 既に辺りは暗くなっており、一人では危険な夜道だと確認をした。


「道場まで送るよ。一緒に行こう」

「いいの? ありがとう」


 下を向いて頬を赤く染めているのが見える。寒いのか分からないが、いつもと様子が違うのだけは理解ができる。

 二人で横並びに歩いているが、沈黙がその場に流れる。何を話せばいいのか、何を聞けばいいのか分からない。いつもは何気ない話しをするのだが、なぜか今は会話をすることができなかった。


「あ、あ、あのさ……」


 どうにか言葉を発するが、上ずってしまい恥ずかしい。

 その出雲の様子に気が付いたのか、麗奈が大丈夫なのと声をかけてくれた。


「だ、大丈夫だよ。ちょっと緊張しちゃってね」

「私といて緊張してるの?」

「そうだよ。麗奈が可愛いからさ」


 思っていたことが言葉に出てしまった。

 出そうなんて思っていなかったのだが、自然と口に出してしまったようだ。その言葉を聞いた麗奈は顔全体を赤く染めてしまいその場に立ち尽くしてしまう。


「ど、どうしたの!? 大丈夫!?」


 麗奈の前に立って顔を覗き込むと、顔を背けてしまった。

 こっちを向いてよと言うが、麗奈は頑なに向かない。どうしたのだろうかと不安になってしまう。


「恥ずかしいからよ……急に変なことを言うんだもん……」


 両手を頬に当てて恥ずかしがっている麗奈は初めて見る。こんな表情をするなんて、思っていたよりも可愛いな。やっぱり麗奈も意識をしているんだ。

 麗奈の表情を見ながら歩こうと話しかけると、「うん」と可愛らしい声で返答をしてくる。


「もうすぐ家だな。今日はありがとう。婆ちゃんも喜んでいたよ」

「いいの。私がしたかったことだし、それに出雲が辛いときは側にいたくてね」

「麗奈……」


 いつからだろうか。

 麗奈を女性として意識をしていたのは。自分でも分からないうちに意識をしていたようだ。とにかく抱きしめたい。今はそれだけしか考えられなかった。


「れ、麗奈!」

「言わないで! 今はまだダメ。勢いで言おうとしてる」


 止められてしまった。決心をして言おうとしたのに、唇に人差し指を当てられてしまう。


「答えを言うのはまだよ。まだその時じゃないわ」

「で、でも源十郎さんが!」

「お爺ちゃんの言うことは気にしなくていいわ。私はちゃんと待っているからね」

「れ――」


 麗奈の名前を呼ぼうとした瞬間、口を塞がれた。いや、塞がれたというよりは唇で塞がれた。所謂キスである。出雲は麗奈にキスをされたのだ。


「ちょ、な、何をするの!?」


 突然の麗奈の行動に驚くが、いいじゃないと言われてしまう。

 何がいいのか分からないが、キスをされてしまい心臓の鼓動が早くなってしまう。


「これが私の気持ちよ。お互い言葉で言うのは待ちましょう」

「わ、分かった。麗奈がそう言うのならそうするよ」

「ありがとう。じゃ、またね」

「うん。おやすみ」


 そう言って別れた。

 まさかキスをされるなんて思わなかった。麗奈はやると言ったらやる女性であるので、想いが爆発したのだろう。それでキスをして想いを伝えたということだ。


「今はこれでいいけど、ちゃんと想いを伝えないとな」


 キスをされた唇を触りながら来た道を戻って行く。


「キスをした時の麗奈の顔、凄い可愛かったな。あんな顔をもするなんて思わなかったな」


 キスをされた時の麗奈の顔を思い出す。

 とても色気が出ており、今まで見た中でとても綺麗であった。


「明日からどんな顔をして会えばいいんだ……普通に接するようにしないと」


 頭を抱えながら、話すシミュレーションをしていきながら家に到着をした。祖母に送り届けたことを伝えると、明日に備えて眠ることにした。


「まだ合格通知が来たわけじゃないから学校には言えないな。来たら言うか」


 明日にすることを決めて眠ることにするが、キスをされたことが頭の中から消えずに悶々としてしまう。


「唇の感触が忘れられない……」


 布団を被りながら右手の指で自身の唇を触る。

 いつもの唇の感触であるのだが、どこか麗奈の唇の感触がする。どうしてだろうかと思うものの、初めてのキスが忘れられない。


「ドキドキする。初キスが麗奈で嬉しいけど、眠れないじゃん」


 その日の夜は一睡もできなかった。

 朝から寝ていたのが良かったのか、一睡もできなかったが一日を過ごすことが何とかできた。


「先生に早く言いたいけど、それは合格通知を持っていかないとな。今は源十郎さんに報告に行くか」


 魔法騎士団に合格をしたことを源十郎に報告にいくために、天明流道場を目指す。本当に合格をしたのか不安になってしまうが、とりあえず報告をしないことには始まらなかった。


「失礼します。源十郎さんはいますかー?」


 道場に入って大声で源十郎のことを呼ぶと、うるさいぞという言葉と共に母屋から静かに出てくる姿が見えた。

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