第13話 喜び
「だ、大丈夫じゃないかもしれないです……吐きそう……」
「それは大変だ! 早く車に乗るんだ!」
慌てた京平は、出雲を素早く来た時と同じ車に乗せてペットボトルに入っている水を手渡してくる。それを飲んで休んでいてくれと言われたので、おとなしく飲んでいることにした。
「少しだけど気持ち悪さが治ってきたかな……」
椅子に寝転がっていると、次第に眠気が襲ってきた。
寝てはいけない状況であるのにもかかわらず、魔力の消費が激しかったのか動くことができなくなってしまう。
「起きてなきゃいけないのに……くそ……」
力なく気絶をするように眠りに落ちてしまった。どれくらいの時間眠っていたのか分からないが、体が揺れる感覚で目が覚めた。
体を起こして霞む目で周囲を見ると、未だに車の中であることに気が付く。
「起きたか? あれから二時間も眠っていたぞ。もう夜になったぞ」
「そんなに寝ていたんですか!?」
「そうだ。試験だけなら夕方までに終わるはずだったが、襲撃があったから後始末でこの時間になってしまって申し訳ない」
出雲の横に座っていた京平が頭を下げて謝った。そんなことをしなくていいと思うが、とりあえずこちらも謝ろうと決める。
「いえ、こちらこそご迷惑をおかけして申し訳ありません……眠ってしまうなんて思わなくて」
「あれだけ魔力を消費したのだから当然だ。むしろ君が戦ってくれて助かったよ。おかげで治療に専念できた」
「そう言っていただけると嬉しいです」
揺れる車の中で天井を見上げる。
黒い仮面にも天明流が通用したが、防がれることが多かった。最後の方に守に助けてもらわなければ死んでいたと思う。それでもあの時に戦った経験は凄まじいものだと自負をしている。
「源十郎さんに話してみよう。実戦の経験値のことを聞かないとな」
大きく深呼吸をして明日話す内容を決める。源十郎は喜んでくれるだろうか。
愚か者と罵るだろうか分からないが、合格のことは喜んでくれるだろうと確信があった。
「とりあえず今は休んでいてくれ。君は凄い働きをしたからな」
「ありがとうございます。お言葉に甘えます」
目覚めたからといって体調が万全ということではない。減った魔力が回復したわけではないし、頭痛で辛いことには変わりがなかった。
「起きたら到着をしているといいな」
「次に起きたら魔法騎士団本部に到着をしているさ。ここは安全だからゆっくり眠りな」
京平が右肩に手を乗せる。
その手の感触はとても優しく、家族に向ける仕草であると感じた。その手の温もりを感じつつ、目を閉じて眠りに落ちる。
どれだけ寝ていたのだろうか。
一度起きた時に二時間経過をしたと聞かされた時よりも、長く寝ている気がする。そして誰かに揺さぶられる感覚で目が開いた。
「到着したぞ。魔法騎士団本部だ」
やはり起こしてくれたのは京平であった。
京平は右手に神楽耶を掴んでおり、忘れ物だぞと手渡してくれる。
「あ、ありがとうございます! 大切な刀なんです!」
神楽耶を両手で受け取って抱きかかえる。
すると、大切にするんだぞと京平が言ってくれた。
「はい! そうします!」
「それがいい。うちの兄は任務に出るたびに武器を折ってしまうから、毎回武器担当の人に怒られているらしい」
「兄がいるんですか?」
「そうだよ。大会議室で殴られただろう? あれは兄がやったことだ」
似た人だとは思っていたが、兄弟だったとは思わなかった。見た目が全て瓜二つなので、会った時に間違えそうだ。
「今日はこのまま帰宅して構わない。後日書類などが送付されるから、期日までに送り返してくれ」
「分かりました! ありがとうございます!」
挨拶をして帰宅をすることにする。
既に辺りは真っ暗であり、時刻は二十一時を回っていた。結構長い時間試験をしていた気がするが、移動時間や襲撃者の黒い仮面と戦った時間が長かったのだろうと思い返した。
「凄い疲れた……魔力をあそこまで消費したの初めてだったな。襲撃者もいたけど、本当に俺は試験に合格をしたんだな」
今更ながら、魔法騎士団の試験に合格をした高揚感が襲ってくる。
電車に乗って帰宅中に、車内で「やった!」と大声を上げて周囲にいる人達に怪訝な顔をされてしまった。
「す、すみません……」
恥ずかしいと思いながら謝ると、おとなしく乗り続けようと決める。そして電車を乗り換えながら地元の駅に到着をした時には、既に時計の針が十二時を回ろうとしていた。
「遅くなっちゃったな。婆ちゃん怒ってないといいけど」
連絡もせずに深夜に帰宅をするのは怒られるかもしれないと身震いをしてしまう。
ほぼ怒らない祖母であるが、怒らないからこそ怒った時の怖さを想像してしまった。何と言われるのか、どのような口調で言われるのか不安が増していた。
「家に入るのが怖いけど、入らないと。なんて言われるんだろうか」
ドアノブを握るが回す勇気が出ない。
家の電気が点いていることは外から確認をしたので、祖母は起きているはずだ。だけど家に入れない。そんなことを考えているとドアが突然開いた。
「うわっ!? 開いた!?」
驚いていると目線の先に祖母の姿があった。焦っているような安堵をしているような一目では分からない状態であるのだけは分かった。
「い、出雲! 大丈夫なの!? こんな遅くなるのなら連絡入れてよ!」
いつもの口調とは違う。
やはり怒られるのだと目を力強く瞑った瞬間、強く抱きしめられた感触を感じた。
「無事でよかった! あまりにも遅いから何か事件に巻き込まれたかと思ってたわ!」
事件というか襲撃に巻き込まれたけど、そのことは言わないでおくことにした。
「連絡をしなくてごめん。試験が長引いちゃってさ。だけど、良い報告があるんだ」
「良い報告?」
「うん。俺、魔法騎士団の試験に合格したんだ!」
今までで一番良い笑顔で祖母に報告をした。
一瞬時が止まった気がするが、驚きながら本当なのと聞き返してくる。
「本当だよ! 後日書類が送られてくるらしいよ!」
「よかったわね! 私も嬉しいわ!」
再度強く抱きしめられると、出雲も抱きしめ返した。
家族の温かさを改めて感じ、合格してよかったと涙を流してしまう。祖母も涙を流しているようで、お互いに泣きながら笑っていた。五分程度だろうか、その場で合格をしたことを喜んでいると入ろうと祖母が踵を返して家の中に戻っていく。
「お腹空いたでしょ? こんな時間だけど少し食べるといいわ」
「ありがとう。もうお腹ペコペコだよ」
笑いながら階段を上る。
どんな料理が待っているのか期待をしていると、祖母がサンドウィッチを作ってくれていたようだ。レタスとハムが入っているものや、卵がたくさん入っているものまである。
「どれでも食べて良いわよ。ゆくり食べてね」
「うん! ありがとう!」
祖母に感謝をしながらサンドウィッチを食べていく。
一種類ずつ食べ進めていると、喉に詰まってしまいお茶を勢いよく飲む。まさかここまで空腹であるとは思わなかった。
「お昼を食べていないのでしょう? なら空腹でも仕方がないわよ」
「そうだよね。よく今まで持ったと思うよ」
そう言いながらサンドウィッチを五個食べ終えると、そのまま寝ることにした。
たった約一日であるのだが、数日間ぶりに帰って来た気がしている。それほどまでに濃い一日であったのだ。
「疲れた。寝よう」
気絶をするかのように眠りにつく。海に沈むように深い眠りについた。
これほどまでに深い眠りに落ちたのは初めてかもしれない。それほどまでに熟睡をしている。そして新たな朝がやってくると、出雲は息苦しさを感じていた。体を起こすことができず、思うように動かせない。
「あれ? 動けない……それに頭が痛い……」
突然の体調の悪さを抑えてリビングに移動をすると、朝食の準備をしていた祖母にどうしたのと心配をされてしまう。
「起きたら急に体調が悪くて……」
「昨日の試験の影響かしら? 今日は学校を休みなさい。連絡をしておくわ」
「ありがとう……このまま寝ておくね」
「そうしなさい。後で薬を持っていくわね」
祖母に言われて部屋に戻って寝ることにした。
歩くことも辛くなってきたので一段一段気を付けて上って部屋に入ると、体全体から力が抜けてベットにうつ伏せで倒れてしまった。
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