第2話 天竜家の御息女

「これお茶だよ! 飲める?」


 お茶の入ったペットボトルを手渡してくれた。

 何度か咳き込んでしまうが、これぐらいなら飲めるのでありがたい。ペットボトルを受け取って一口飲むと、息を整えることができるように徐々になっていく。


「ありがとう。おかげで助かったよ」

「いいの。私が助けたかっただけだから」


 そう言いながら地面に触れていたスカートを叩いているのは、この道場の一人娘である天竜麗奈である。麗奈はスタイルがとても良く、紺色のセーラー服の上からでも分かるほどの女性的な体をしている。簡単言えば出てるところは出ているのである。

 また、鼻筋が通っている綺麗な顔をしており、厳つい道場に舞い降りた天使と言われている。


「本当にこの爺さんの孫とは思えない顔だよな」

「似なくて良かったと思っているわ」


 出雲の言葉に同調をした麗奈に、そんなことを言わないでくれと言いながら源十郎が抱き着こうとした。だが、麗奈に避けられてしまい地面に転んでしまう。


「抱き着かなくていいから。早く道場の中に入ってよ。また商店街の人達に迷惑をかけているわよ」


 そう言われて周囲を見ると、目の前にあるカフェのマスターや商店街にいる買い物をしている人達が足を止めてみている姿がそこにあった。


「あ、い、いつもすみません!」


 頭を下げて謝ると、楽しいものを見せてもらっているから平気だと言ってくれた。


「いつも申し訳ありません。ほら、二人とも行くわよ!」


 出雲と源十郎は麗奈に服を掴まれて道場内に入っていく。さながら母親に怒られている子供のように見えるようで、商店街の人達が笑っている姿を出雲は掴まれながら見ていた。


「もう! 二人とも外で訓練をしないで! 恥ずかしいでしょ!」


 道場内にある畳部屋で麗奈に説教をされてしまう。

 正座をしているので次第に足が痺れるが、もし言ったら麗奈に怒られてしまうのが目に見えているので我慢をするしかない。


「そうは言ってもなー。出雲を見ると燃え上がってしまってねえ……」

「お爺ちゃんは出雲君のペースに合わせないとダメよ。潰しちゃうわよ?」

「こいつはこれぐらいじゃ潰れないよ。目標があるみたいだからな」


 横にいる源十郎が顔を向けてくる。

 やっぱり魔法騎士団に入りたいことを知っているみたいだ。でも、俺なんかが入れるのかな。


 顔を伏せて考えていると、源十郎が推薦をしてやろうかと突然言ってくる。

 急なことで混乱をしていると、魔法騎士団に入りたいんだろうと肩に手を置いて優しい口調で話しかけてくれた。


「え!? 出雲君って魔法騎士団に入りたかったの!?」

「え、あ、そうだよ。魔法騎士団に入って昔に別れた女の子に迎えに行くって約束をしたんだ。だから、俺は魔法騎士団に入らなきゃいけないんだ」


 魔法騎士団に入らないといけないとの言葉を聞いた麗奈は、なぜだか俯いてしまう。なぜ俯くのか分からない出雲は、何て話しかければいいのか戸惑っていた。


「麗奈は出雲が魔法騎士団に入ってしまったら、この道場を辞めてしまうのかって思っているんじゃないのか?」


 源十郎が言った言葉を聞いた麗奈は、顔を真っ赤にして頬を膨らませて睨みつけているように見える。


「変なことを言わないでよ! ただ魔法騎士団に入ったら会う機会が減るのかなって思っただけよ!」


 そう考えていたのか。

 会う機会か……確かに減りそうだな。それはそれで残念だけど、絶対に会えないってわけじゃないからな。


「道場を辞める気はないから安心して。それにちょこちょこ顔を出すようにするからさ」

「本当!? それは本当なの!?」


 凄い食いつきようで近寄って来る。

 先ほどまでとは違って目を輝かせて水を得た魚のように見えた。


「う、うん。本当だよ」

「よかったー!」


 両腕でガッツポーズをしている麗奈を出雲と源十郎の二人は、苦笑をしながら見ていた。


「さて、それで推薦はどうする?」


 話を戻されるが、答えは既に決まっている。このチャンスを活かして魔法騎士団に入る。これしか答えはない。


「お願いします! 俺は必ず魔法騎士団に入ります!」

「その意気だ。受験の日までの間、さらに特訓を行うぞ。悔いがないようにな」

「はい! ありがとうございます!」


 立ち上がって源十郎に頭を下げる。


「そこまでしなくていい。孫のためでもあるし、お前には麗奈を守ってもらいたいからな」


 突然の言葉に驚きを隠せない。

 麗奈を守るとはどういうことだろうか。意味が分からない。どう返答を使用か固まっていると、源十郎は続けて守ってくれよなと力強く出雲の右肩を掴んでくる。


「い、痛い!? そんなに強く掴まないでください!」

「痛いはずないだろう? 守るよな? な?」

「は、はい! 守ります!」


 強制的に言わされてしまう。

 その言葉を聞いていた麗奈は、透き通っている白く美しい顔を真っ赤に染めて嬉しいと小さな声で呟いていた。


「それじゃ、明日書類を持って来てくれよ」

「分かりました!」


 推薦人になってくれることが嬉しくて顔が緩んでいると、源十郎が気を緩めずになと注意をしてくる。


「あ、すみません。つい嬉しくて」

「気持ちは分かるが、まだ始まってないんだぞ。試験のことは分らないし、スタート地点に立っただけだ」

「分かりました! 気を付けます!」

「それでいい。とりあえず、時間まで訓練を再開しよう。さっきの身体強化を無意識にできるようにしないとな」

「頑張ります!」


 照れている麗奈を置いて、出雲と源十郎は部屋から出て行く。途中、道場内を歩いていると置いて行かないでという声が聞こえてくるが、聞こえなかった振りを二人はすることにして、その場から素早く移動をした。

 それからは終了時刻まで源十郎に身体強化の訓練を受けた。攻撃を受けた際や気を抜くとすぐに解除されてしまうので、常に意識をして身体強化を持続し続けることをしていた。


「もっと! もっと気合を入れるのだ!」


 連続で木刀を手に、源十郎は突きをしてくる。

 その攻撃を身体強化をした体で出雲は紙一重で躱していく。この訓練を何度も続けていた。次第に攻撃を受けても身体強化が解かれる頻度が少なくなり、出雲は少しずつ成長をしていた。


「よし、今日はこれくらいにしよう」


 源十郎が終わりだと言うと、出雲は地面に座って体を地面に預けた。

 脱力をしながら地面に寝頃込んでいると、覗き込むように麗奈がお疲れ様と声をかけてくれる。


「麗奈か。ありがとう。源十郎さんの訓練は相変わらず凄まじいよ」


 何度か深呼吸をして息を整えていると、周囲を他の門下生達が走っている姿が目に入った。自身とは違う訓練をしている門下生達は訓練内容も違い、前当主の源十郎ではなく現当主に教わっている。

 たまに睨まれているなと鋭い視線を感じるので、良く思っていないのであろうと出雲は内心感づいているのであった。


「他の門下生達からの視線が痛いな。俺だけある意味特別で教わっているからな。そりゃいい気はしないよな」

「そんなことを考えていたの?」


 出雲の左横に座った麗奈は気にすることないわよと小さく呟いている。


「他の人のことなんて放っておけばいいのよ。嫉妬なんてみっともないわ。たまたまお爺ちゃんが教えたいって思ったのが出雲だっただけよ。認められたんだから誇っていいのよ」

「ありがとう。麗奈は優しいな。いつも励ましてくれるし」

「そ、そんなことないわよ! たまたまよ!」


 頬を赤く染めている麗奈は、地面に寝転んでいる出雲の腹部を何度も掌で叩いて照れている。腹部に強烈な衝撃を何度も受けてしまうが、麗奈を悲しませてはいけないと思い、声を出さずに痛みに耐えることにした。


「が、我慢だ……これは痛くない……」


 バチバチと腹部から音がするが、試練だと思い耐えた。

 すると麗奈が叩くのを止めて、夕食の買い物に行かないとと思い出したように声を発する。


「夕食の買い物を忘れていたわ! 早く行かないと! 出雲はゆっくり休んでから帰ってね! お爺ちゃんも今日はもう訓練は禁止よ!」


 そう言いながら麗奈は道場内に入っていく。

 源十郎は今日はお終いだと言い、倒れている出雲に休んでから帰りなさいと言ってくれた。


「ありがとうございます……」


 夕暮れの綺麗な空を見ながら疲労を回復していると、横目で源十郎が道場内に戻って行くのが見えた。


「今日も多くのことを教わったな……明日は推薦人の書類を書いてもらうから、ちゃんと試験に合格しないと! だから、もっと強くならないと!」


 それに向かって右拳を上げて勢いよく立ち上がると、明日の訓練のために早く帰ろうと荷物を纏めて帰ることにした。

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