第24話
今年初めての雪。
年齢を重ねるごとに、わずらわしさが目につきだして、心を躍らせることもなくなっていった。街々の人々はそろそろマフラーやコートを常備しはじめる。黒い革手袋もさして珍しくなってくるだろう。
雪がすべての因果関係を覆い隠すが、かろうじてわだちによって、ここが異世界ではなく、昨日までと同じ場所だと教えてくれる、そんな季節がもう数回のまばたきで訪れようとしている。それすらも経験則による偏見と気づいているのに。
帰宅後、母はそれまでと同じように接していた。父も極力、話したくないらしく、『偶然会った』と何度もつぶやくだけ。
こうして明日もまた――――――
ニュースで結城先生の名前と顔写真が翌朝、報道されていた。
未成年誘拐の疑いで捜査中だったらしい。そして安藤刑事を殺害した容疑者として逮捕されたとのこと。
沙紀先輩から何件もメッセージがきていたが、既読はつけなかった。
どうやら担任が殺人犯として捕まったくらいで休校にはならないみたいだけど、勉強する余裕なんてこれっぽっちもない。
それでも『両親』にこれ以上負担をかけない為に、制服を着て、学校へ行くと見せかける努力はした。
今日は雪が降っても、積もってもいないので、忌々しいネカフェで時間を潰さなくても別に困りはしないだろうと、財布の類は置いておいて、2000円だけポケットに忍ばせておいた。
「椎名…………」
いや、今の僕は独りでいる必要があるよな。
じっと一緒に居てくれたあの椎名じゃない。昨日別れる際の椎名はずっとぶつぶつと『自演じゃない』と繰り返し、ついには『次は私』と言って、僕の手を振り払ってきた。
僕も彼女も、頼りがいは微塵もないということだろう。
そう思うと、だんだんと椎名の表情が分からなくなってもきた。特にずっと以前の笑顔が。
実はこのようなことは初めてじゃない。
沙紀先輩にしても、ドイツ語を交えて朗らかに話しかけてきてくれた、という設定資料のようなことしか覚えておらず、どんなことを言い合っていたのか正直怪しい。
でも、結城先生だけは、切なくて綺麗な横顔がまだまぶたに焼き付いている。
それにこの腕を見れば、辛くともあの日の光景が浮かんでくるんだ。
「どうしてあの手も忘れられないんだろ」
病気かと思うくらいに記憶が怪しいのに、黒い革手袋の女―
「きょーや」
「椎名!?」
結局声はかけずに、街はずれの公園に居たというのに、どうしてここが。
「私もう、悩むのやめるね」
「あ」
顔見知りの女子にナイフを突きつけられるのはこれで二度目だ。一回目はかすり傷程度。そして今回は――――――
「邪魔しやがって!!!!」
沙紀先輩のすぐ後ろで椎名が叫ぶ。沙紀先輩も僕を付けていたらしいけど、そんなことより、背中を…………。
「我ながら良い先輩だし、良いお姉ちゃんらしい最期だと思う、な」
「椎名、やめろ!やめてくれ!!」
どこから間違っていた。星にも願っておけばよかった。誰もが心に言えないことをため込んでいるものだが、それがどうしてこんな結果に。
「椎名さん、弟をこれ以上、いじめないで」
ナイフが刺さったままなので、椎名の方を向けば、こちら側にナイフの柄が視界に飛び込む。
カチカチカチという無機質な音が聞こえたと思った途端、椎名は血だまりに倒れた。
「いやだ…………こんなの」
「沙紀お姉ちゃんって、呼んで欲しいな」
「はぁはぁはぁ」
「おね、がい」
「さき………お姉ちゃん」
「あうふ、びーだぁ、ぜーえ」
「そんな発音じゃ、僕、分からないよ…………」
「泣かないで、さぁ、これを飲んで、早く」
通りすがりの女の人、それも運よくコートの下に看護師の服を着ている人が助けに来てくれた。
「お願いします、早く!ふたりを!」
「大丈夫だから、まず君はこの薬を飲んで」
渡された小瓶にはHgなどの英文と、80という数字しか載っていなかったし、瓶の色がよくある茶色のものだったので、中身の液体が何色かもよく分からなかったが無臭だったのは憶えている。
それ以外は…………血、目の前の三人の女、悪魔みたいに真っ黒な手。
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