第23話
軽薄な日常というものが目に突き出したのは確か入院したあの日からだった。だがそれは僕の人生を揺るがす
いったいどういう世界線を辿ればこのように辛い過去というものがそこかしこの継ぎ目から噴出することとなるのか。
「信じられないよね。でも私とは血が繋がってるんだよ」
父親の反応からしてもドッキリなどではないらしい。沙紀……先輩は椎名を邪魔者のように見るのをはばからず、じろりと一瞥し、今度は居ないものとしてこちらに向き直す。
「生きているなら……僕を轢いたのなら、今はどこに」
「近く、としか分からない」
「逆にどうして『近く』だと?」
「京谷君に好意をもった女が揃いもそろって翻弄されたから。母の手によって、
「沙紀先輩は?」
「私は血縁としては最も近しい。だけど、母の計画には邪魔だった。だからかねての望みとは言え、海外に行くよう、自然と意識が向いていったの」
「妄想だ」
「でも『運命』というよりは信憑性がある話なの」
「父さんもそんなことを言ってるのかよ」
「…………済まない」
*******
逃避行は終わった。椎名が先に自宅に送られ、次いで僕たちは『自宅』ではなく、まるで目的地が既にあるかのように、車の中で各々黙っていた。運転に集中することで助手席の元娘と後部座席の家出息子を視界に入れずに。
日に日にあるかも怪しかった『解決』というものが遠のいてゆく。最初は僕が子どもだからかと嘆きもした。
しかし、死が誰しもに等しく訪れるように、もとより
だからこそ、個々の事件が一連の
大人な父は幾つもの似たような、あるいはそれ以上の気まずい瞬間を過ごしてきたはずなのに、ついにラジオをかけ始めた。どの周波数でも似たような声の男女がやけに楽しそうに話し、そしてしばしの音楽。僕達はわずかな『移調』に耳を傾け、そして自問していた。
―――殺害された男性は、警察官の安藤―――
読み上げたのが女か男なのかも覚えていないが、ふとそのような言葉が聞こえてきた気がした。
哀しいかな殺人事件は毎日報道されており、そしてまた奇妙な一致ではあるが、安藤という名字は日本に何百人もいる。
しかしもう僕は何も偶然など信じていない。
今の僕なら、秘密結社にさえ入れてもらえるほどにある意味において信心深かった。いや、猜疑心が強まったとも言えるが。
窓の反射に僕の顔は映らない。
「沙紀先輩は『理神論』って知ってる?」
「え、急にどうしたの」
「
神は世界を創造した。しかし創造後、神は世界の外にいるだけで、あとは巻かれたゼンマイによって歯車が勝手に動くように、定められた法則が世界を動かす。
鈴木凪という女性がどうして、このような計画を練ったかはもはや問う段階ではない。既に計画は完成し、個々人のイレギュラーはあるものの、僕を取り巻く集団としての理屈は覆っていない。だからこそ、全てが母へと繋がってしまう。
経済が『神の見えざる手』によって変動しているように、僕達は―――
「黒い革手袋に撫でられている」
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