第22話
場所がバレた以上、長居は禁物。それはかくれんぼや鬼ごっこにも通ずる根本原理である。だからこそ、鬼は場所を変える瞬間を今度こそ抑えにかかるはず。
運に任せてここを出ては、鬼ごっこではなく泥沼のいたちごっこで、それこそ消耗戦になってしまう。
「……おいしい」
押し間違ったと言っても良かったが、椎名が食べたそうにしていたので、そのままフレンチトースト代を払うことにした。それほど立派なものではなかったはずだが、もぐもぐと一生懸命に食べている姿は、この状況の唯一の癒しでもあった。
来たことも無ければ、あった事もない瞬間なのに、どうしてこんなにもほっとするのだろう。前の僕が好きだったからなのか?
「いる?」
「いいや。椎名はこれからどうするつもり」
正直、椎名を頼っていた節があった。もちろん、『もっと頼って』と言われはしたが、もし、もし万が一にも沙紀先輩の言葉通り、本当は自演だったとしたら、これから先の効果的な行動というものは無いに等しい。
「きょーやは、私のこと好き?」
およそ場違いのようで、案外、順当な発言なのかもしれない。状況が錯綜しすぎていいて、もはや何が不謹慎で、何が妥当なのかもあやふや。
「もし好きでいてくれるなら、『他に何も要らない』って言ってよ」
「どうして」
「そしたらもう無敵だもの」
それは告白ではなく告解のよう。愛し合う二人の密会ではなくて、テロリストの秘密会合の論理だ。
「私たちに『明日の証明』はもうないよ。解決するってことは、いつも通りに戻るってことじゃないの」
「……心中でもする気かよ」
「イヤなんだ?」
どうやらコンセンサスは取れたに等しいらしい。若気の至りとして笑って過ごせる安泰な未来を打ち消して、僕らは白黒ハッキリした『今の実在』だけを頼りに…………
*******
そうとなれば、さっきまで思案していた安全な脱出方法など取るに足らないこととなった。どうせ尾行されていようとも、捕まる前に永遠の離脱を試みればいい。
「やっと来たね」
でもそれは、文字通り待ち伏せされていないことを前提とした楽観論で。いかに悲観的にみえようともその事は現実が示してくれる。
「京谷、乗りなさい」
沙紀先輩だけならいっそのこと説得できたかもしれない。でもまさか父親までもが居るだなんて。そっか、避難などではなくて、家出したことになっているのだから、当然の運びなのか。くそ。
「どうして沙紀先輩と父さんが一緒に居るんだよ」
「それは……」
これまで僕の前で口ごもることなど一度も無かった父親が、沙紀先輩の様子を窺っているではないか。
「私は双葉京谷くん、君の姉なんだよ」
椎名が膝から崩れ落ちるのが視界に入る。
「すまない。京谷にはいずれ」
「いい?名字の鈴木は死んだ奥さん。それで、双葉さんと再婚するときに、私はドイツ留学の援助と引き換えに、鈴木として生きることを決めたの」
「は……え……ちょっと待って」
「そして君もまた、私と同じ母親の子よ」
おかしい。おかしいじゃないか。
「まるで陰謀じゃないか!!!!!!」
「言い得て妙ね。京谷君を轢いたのは、旧姓・
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