第18話

 ここ数週間の間で、確証を持てたことなど一度もない。まさに当たるも八卦当たらぬも八卦の丁半博打の日々。きっと全てが解決した暁には、反動効果で僕はギャンブル依存症に陥っていることだろう。この状況が楽しくないだけで、脳内麻薬の報酬系は同様のエンドルフィンを分泌し続けているはずだから。さもなくば、僕の精神は保っていられるはずがない。

 走れているのも、脳が出したモルヒネのおかげなのか?

 いや、きっと暗示にかかっていたのだろう。入院直後はある種の絶望のせいで、すぐにリハビリを辞めたのだから。おそらくあれは、実のところ『する必要が無かった』が故に、何とか自己暗示の中で、諦め、気づかぬふりをしたのだろう………この手首と同様に。


 …………雨上がりの暗がりに走る僕は狂人か。


 それでも持っているピースを一つ一つ試す他に、自暴自棄に廻りだしたカルマを止める術はないのだった。

 走ることに神経を集中させつつ、といっても、そんなことは不可能なのだが、僕は脳の片隅で、今ある記憶と状況とを整理しはじめた。


 椎名の失踪と手渡された万年筆。中には結城先生が僕を轢いたという旨のメモが。

 警察と相談した後、改めて自分自身で椎名を探そうと決意したときに現れた、沙紀先輩で、その手にはナイフが。

 刺されかけた途端、結城先生が車で助けに?来てくれて。

 そして過去の自分を教えられて、今に至る。

 あぁ、そうだ、入院時から結城先生の様子が印象的だったのも、胸に手をやるという所業も、先ほどの出来事で説明可能。

 だけど、これらは本当に繋がってるのか?

 もしかしたら、全部偶然……とまでは言わないまでも、そうだよ、沙紀先輩の登場が、事をややこしくしてるんだ。

 事故る前の僕、言うなれば前世の僕は自分だけでなく、周りにも影響を及ぼすメンヘラ製造機だったらしい。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 久方ぶりに走ったのもあって、今度は実際に足がつりそう。そう言えばさっきまで眩暈がしてたくらいだし。


「『ありつつも、君をば待たむ、うちなびく、わが黒髪に、霜の置くまでに』。私は京ちゃんを待つ、私の黒髪に霜がおりるまで、白髪になるまでも。そういう風な意味。磐之いわの媛命ひめのみことの和歌として、テスト対策しておきなさいね?あ、特別扱いしたらダメだって怒られたかしら、フフフ」


 ハイブリッド車なのもあって、少し休憩して気を抜いている隙に、結城先生がもう僕を見つけていた。

「きっと最後は私のところに戻ってくる。だからいいよ、家まで送るね」

 けれども、あだ名こそ変わっていないが、さっきまでの病的とも言える態度は仕舞い込まれている。

 信用に足るのかは正直怪しい。だけども見知らぬところで夜を明かすのは得策ではない。功利主義者よろしく、一切を天秤にかけなくては、平穏へ進むことはできない。


「そういや、京ちゃんがしてた間に、椎名さんが見つかったって警察から連絡が来たの」

「え!?いつ!」

「だからさっきだってば」

「それで椎名は」

「とりあえず検査のために警察病院にいるらしいけど」



 ―――椎名さん、らしいの―――

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