第12話

 椎名らしいクールな伝達方法だ。だけどもその内容は、この不可解な日々と同じくらいに、いや、もしかするとそれを更に増すほどに強烈な印象と情報とをぶつけてきた。

 隠すことのできるメモのサイズは自ずと小さくせざるを得ないため、ハッキリと一歳の事情が示されているわけではなかった。だが、僕が轢かれてからというもの、実は椎名は犯人捜しに徹していたらしい。それが見舞いに来なかった理由だとか。

 そしてそれは、椎名いわく結城先生による事故……あるいは故意の犯行だという。

 椎名は証拠を求めて、結城先生の身辺調査を始め、やがて逆に椎名自身が追われる身になったらしい。

 この劇的な内容について、僕は三通りの態度を取る必要がある。

 一つは、椎名の言っていることを信じ、僕もまた結城先生を疑う。

 二つ目は、椎名の虚言にして錯乱的な狂言であるとして、むしろ今失踪している根拠とする。

 そして三つ目は、その両方を視野にいれて、警察――安藤と宍戸――に相談する。言わば二重スパイのようなものだろうか。そして現実的に、僕はこの第三の選択肢に頼らざるを得ない。僕がこのメモを発見できたのは、沙紀先輩とぶつかった衝撃という極めて偶然な結果ではあるが、そもそも結城先生の態度に嫌気が差して、自力で探そうとした因果でもあるのだから。

 僕は現時点で、先生を疑ってはいない。しかしこうも言える。先生を信じる材料もないと。疑わしきは罰せずだが、だからこそ『法廷』には出てもらう。

 それにしても、まさかこんなにも早く連絡することになるとは。


 *****


「いやぁ、まさかこんなにも早く連絡をいただけるとはね」

 安藤も同感だったようで、急いできたせいか、あるいは単に別の仕事があったからか、集合場所に選ばれた近所の喫茶店に宍戸の姿はなかった。

「すみません。僕がもっと気をつけていれば」

「いや、私とて、先ほど拝見したときに気付かなかった。まるで映画やドラマの手法で、こんなのは実際聞いたこともないが、ある意味、子どもの目線に立つというのが重要になってくるかもしらんね」

「それで、どう思いますか?」

「結城先生、というのは先ほど一緒に居た結城宮子さんのことだよね」

「そうだと思います。他に結城とつく先生はいないので」

「であれば、だ。むしろ私の方が君に尋ねたいのだけれどね」

「それで少し気になったのですが」

「何でも聞こう」

「僕は轢き逃げされたから犯人を知らないと、いつからか勘違いしてました」

 がたいのいい安藤の身体がぐっとテーブルに近づく。

「そうじゃなくて、たぶんこれは……記憶喪失なんじゃないかと」

「…………弱ったな」

「事故のあった日を思い出そうとしたんです。そしたら、車種ばかりか、それ以前のこともよく覚えてなくて」

 安藤は腕を組みつつ、椅子の背にもたれかかる。ちょうどその時に2つのコーヒーカップが届き、僕の前には万年筆と不思議なメモ、それにコーヒーと刑事という、どこかサスペンスの記号のようなものが並んでいたのだった。

「いずれにしても、椎名はづきさんの居どころを突き止めるには、喪失した記憶と君を轢いた人物を特定せねばな」

 なるほど、確かに椎名は軽薄な人間関係の巣くう日常クラスから僕を連れ出してくれたようだ。

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