第11話
引き留めようと何かを言っていた先生を無視して僕は椎名探しを決意した。さりとて手がかりは何も無い。強いて言えばこの万年筆だが、例えば持ち主を探すには販売ルートを辿る、という手法もあるのだろうけど、この場合その方法はほぼ無意味といっていいだろう。
となると、警察が尋ねたように、椎名が行きそうな場所に心当たりがあるかどうか、改めて、いや無理にでも思い出し、片っ端から駆け回る他ない。
「子どもだな」
思わず自嘲が声に出てしまった。体育ができない足ではどこをどう探せるというのか。
「あっすみません」
校舎というものは存外、危険なつくりとなっている気がする。昨今では耐震工事もバリアフリー化も進んでいるのだろうが、死角と言おうか、ともかく教師が口酸っぱく『走るな』と言う訳を痛感する。実際、尻餅をついたので痛いし。
「なんだ、京谷か」
「とび出しておいてなんだはないでしょう」
沙紀先輩は悪びれるそぶりもなく、むしろ手を差し出すなど、僕がドジをしたかのように振る舞っているではないか。
「そんなことより、結局なんだったの?」
「もしかして、授業が終わってすぐに様子を見に?」
「あはは~後輩想いでしょ」
「好奇心は猫をも殺すらしいですよ」
「ドイツ語でネコはKatzeって言うんだよ」
「カッツェ……てか話逸らしてますよね」
「だって、私が京谷心配してるのって、何だか変だもん」
「いや、何ですかそれ」
「私は君の先をゆく。そのとき振り向く必要はないの。ただ君が『沙紀先輩』って呼びかけてこっちに走り寄ってくる、それがベスト」
「は、はぁ」
「Der gerade Weg ist der beste.だよ。正直は最善の策!」
人によっては先輩の明るさとドイツ語を言葉の節々に使うのは鼻につくかもしれない。でも今日の先輩はやっぱり変わってた。キスするのは平気なくせに、なぜだか心配しているのを悟られるのは恥ずかしいらしい。
もしかすると案外、先輩のあの性格は無理しているのかもしれないな。
胸ポケットで何かが動いた。
虫かと思って声が出そうになったが、例の万年筆のキャップが外れて、ペンの部分がより深くに落ちてきただけだった。
沙紀先輩とぶつかった際にズレ、それが重力か摩擦でそうなったのだろう。
僕は預かって以来、一度も勝手にそれを使って何かを書いたことがなかった。
だから気がつかなかったのだ。
この万年筆にはインクが入っていないということが。
それもいわゆるコンバーター付きの、インク壺から吸引する部品も外されていて、持ち手の中身が空洞だった。
そしてそこには小さく筒形に丸められたメモが隠されていた。いろいろと書いてあり、僕ははやる気持ちでそれを広げると、目に飛び込んだのはこれまた奇々怪々たる文言であった。
[きょーやを轢いたのは結城先生]
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