第4話

「大丈夫?」

 時間にすれば2,3分程度だったのだろうけど、この数日のストレスを涙にしたのもあって、体感では8分くらい彼女に抱きついていた気がして尚更恥ずかしい。

「う、うん。ホントごめん」

「いいよ。その代わり、しっかり点数取れるようにして」

「はは、もちろん」

 彼女は一度たりともお見舞いには来なかったけれど、僕の中ではたった一人の友達と断言できる相手なんだ。彼女が困っていたら、今度は絶対に隣にいてあげようと決心した。

 そんな時だ、家の電話が鳴ったのは。

 その音色は結婚式の鐘のようでもあったし、また反対に霊柩車が発車するときのクラクションのようでもあった。


「はいもしもし、双葉です」

「ご無沙汰しております、後村上高校2年1組担任の結城です。あのぉ、もしかして、京谷君かな?」

「はいそうです」

「退院おめでとう」

「その、ありがとうございました」

「ううん、全然!今、電話いいかな?」

「両親は仕事でして……」

「京谷君の都合は悪い?」

「いえ」

 何の用だろうか。フレンドリーな先生だけど、流石に高校から家に電話がかかってくると身構える。別に悪い事してないけど。

「きょーやー。先に上がってるよ」

「あ、うん……すみません、もう一度いいですか?」

「誰いるの」

 僕が細かい性格なのだろうか。いやでも普通は『誰か居るの?』であって、『誰が』とは聞かないと思うけどな。

「2組の椎名はづきさんですけど」

「そうなんだ、じゃあまた明日言うね」

「え、別に今でも問題は……ないですけど」

「ううん、邪魔してごめんなさい。じゃあまた明日」

「はい、失礼します」

 いったい要件は何だったんだろう。面倒事じゃなければいいんだけど。


「きょーや」

「うわッ!?」

「何驚いてるの」

「上に、居るかと」

「私が支えないと、また落ちるかもだから」

「そっか、ありがと」

 気のせい……だよな。椎名があまりにも近くにいたから、てっきり背後から何かしようとしているのかと思った。

「きょーやは私に泣いてるところみせた。もう恥ずかしいことなんてないでしょ」

「そうかもね」

 冗談っぽく照れ笑いしたけど、彼女にとっては言葉通りの意味らしい。僕より背は低いけど、そっと肩を組んでくれたので、ついつい僕は彼女に身を任しそうになってしまった。そんなことすれば、二人ともこけてしまうというのに。

「椎名が女子にもモテるの、何となく分かった」

「そう………」

 彼女は僕と違ってにこりともせず、一歩一歩、二階へと導き続けた。こんな足になってなければ、至近距離で彼女のぬくもりを感じることはついぞ無かったはず。


「私は分かってた」

「珍しくナルシシズムがほとばしってますな」

「きょーやが」

「僕のどこがナルシストだよ」

「きょーやがモテる理由」

「え?」

 最後の一段を登った先。短い廊下で椎名はそれまで真横で肩を組んでいてくれた位置から、するりと再び背後へと移った。


「きょーや、もっと。もっと私を頼って」

 僕の部屋のベランダにとまっていた、一羽のカラスがバサバサと飛び立っていくのと、ぎゅっと細い腕で抱きつかれるのをほぼ同時に僕は知覚した。

 窓に反射していた椎名の顔は、声とは対照的にとても幸福そうだった。

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