第2話
僕は早々に松葉杖の練習を辞め、車椅子の感覚を身体に叩き込んでいた。僕の時間は限りなくゆったりと流れだしたからだ。何か進むべき目標があったなら、奇跡を信じて松葉杖を酷使していただろうが。
朝、仕事の前に母が差し入れを持ってきてくれ、昼までは本を読んだりして過ごす。食後の運動と称して車椅子で院内を散歩し、そして…………あの日からのスケジュールはざっとこのようなものだ。きっと残りの人生も、舞台と度合いが異なるだけで、概ね構成要素に変化はないはずだ。
「こんばんは」
「……こんばんは」
変化とすれば、毎晩、先生が様子を見に来てくれる、この一事のみ。
僕ら高2の現代文を担当し、部活動の顧問でもないので、わりと早く帰宅できるらしい。そしてそのついでに寄ってくれてるのだろう。
…………やっぱり、わりと気まずい。
そりゃあ、異性交遊の経験のない高2が、女教師に服の上からとは言え胸を触らせる、などネットで話題になるような事案かアダルトビデオのシチュエーションくらいなもの。
世知辛いことだが、先生が美人じゃなければ、僕もすぐさま報告していたはずだ。
「今日は何読んでたの?」
「あ、ちょっ」
現代文の先生にライトノベルを見られるのはどこか心境的に苦しいものがある。
「可愛いね」
表紙の女の子がだ。照れている僕では。
「そんなに隠すと、余計ヘンなものみたいだよ」
手で口を覆いながらクスクスと笑っている。本当に掴みどころのないひとだ。
机に開き直るようにして置き、いっそのこと反撃のつもりで問いかけてみた。
「先生は彼氏とかいないんですか」
「気になる?」
「だって、あんなことしておいて」
「責任、とって欲しいみたいな?」
「真剣に話してるんですが!」
「ふふ、いないよ」
「そう、ですか」
「今もしかしてさぁ」
「何もありません!」
誰よりも大人なのに、どうして話してみると子どもっぽいんだろう。これもバランスなのだろうか。
「少しでも信用してほしかったの。嫌だったよね。本当にごめんなさい」
こういうところだよ。こういうところがかなわないだよ。
「イヤでは…………」
「耳、赤いよ」
身を呈して表してくれたものは、すんなりと教師と生徒以上の信頼感になっていた。案外、僕もチョロいものだな。でもあの時、先生の手が震えていたのは忘れられない。先生もあの日打ち明けてくれたように、何かしら非を感じ続けてるんだ。
「双葉さん、汗拭きますね、あ、先生も来ていらしたのですね」
看護師さんが慣れた足取りでつかつかと室内へと入って、アルコールとぬるま湯とガーゼタオルを準備していた。
「それじゃあ、私はこれで。双葉君、おやすみ」
「さ、さようなら」
最後まで笑顔を絶やさない先生。だけどやっぱり見間違いじゃなかったようだ。
袖の中にしまわれた真っ白の細い腕に刻まれた数本の傷痕は、確かに今も視界に入った。
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