第4話


 四匹の子犬は夜の間はサークルの中に入れられた。子犬を安眠させるため、定められた時刻になるとサークルの上からバスタオルが掛けられ、照明は遮断された。ワラシはこれまで通り二親と一緒に隣の部屋で眠った。

 この頃になると子犬たちの食事は離乳食に移り、新たに買い揃えた直径八センチほどの金属性の食器に、等分に盛られた粥状の食物を食べるようになっていた。

 朝、お父ちゃんが部屋のドアを開けると、カチッというその小さな音を耳敏くとらえたものが騒ぎ始める。そのものは甲高い吠え声を上げる。二声三声で治まるようなものではない。やがて吠え声が等間隔で続くようになる。放っておくと、サークルを前足で引っ掻き始める。この一匹が騒ぐことで他の子犬たちも目を覚まされ、今や全員で吠え始めた。まだ子犬たちを起こすには早すぎる時間だが、お父ちゃんは仕方なく、電灯を点け、バスタオルの覆いを取った。彼としては子犬たちの就寝の様子をちょっと覗こうとしただけだったのだが。

 電灯に照らされたサークルの中の子犬たちが一斉にお父ちゃんの顔を見上げる。眩しげな目をしている子犬たちのなかで、その一匹だけは、もうとっくに目覚めていたというような大きく開いた目で、お父ちゃんの目を射るように見つめている。そして他の子犬たちは吠えやめているのに、この一匹だけは再び吠え始める。その調子は覆いを取る前よりも激しい。間断がない。呼吸ができなくなるのではと危ぶまれるほどだ。サークルを前足で引っ掻く。早く出してくれと要求しているのだ。その興奮の激しさにしばらく注視していると、今度は跳躍し始めた。跳びあがってサークルにぶつかる。サークルが大きく揺れる。危険を感じたお父ちゃんは、「分かった、分かった」と言いながらサークルの止め具を外した。その間も待てないというように悲鳴のような声をあげていた子犬は、サークルが開けられた瞬間、脱兎のごとく外に飛び出した。そして部屋の中を走りまわる。

 これが毎朝繰り返される行事となった。

 その子犬は吠え始めると、叱っても、宥めても、吠え止めず、騒ぎ続けた。お父ちゃんは吠え始めた子犬をバスタオルの覆いも取らずに三十分以上放置したこともある。しかし子犬は吠え通し、騒ぎ通した。その煩さに耐え切れず、またそれ以上放っておくと子犬自身がどうかなるのではと心配したお父ちゃんは、サークルを開けてやることにした。開ける前に彼は覆いの切れ目から子犬の姿を窺った。異様な生き物を見るような気持で覗いたのだ。子犬の片目が見えた。顔は毛むくじゃらで、もう一方の目は毛に覆われて見えなかった。見えている片目にも毛がかかっていたが、その毛の下から、一つ目小僧のような白目に囲まれた大きな黒目が鋭くお父ちゃんを見つめていた。そのたじろぎのない眼差しにお父ちゃんは気圧される気がした。やはり他の子とは少し違った目つきをしているとお父ちゃんは思った。

 これがお父ちゃんとツムジとの出会いだった。もちろん、生まれた時からお父ちゃんはツムジを見ていたが、彼はこうしてツムジという犬の個性に触れたのだった。ツムジはワラシのお腹から最後に出てきた末っ子だった。病院で生まれた難産の子だった。頭頂に旋毛つむじがあるのでその名がついた。


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