1-4.生暖かい目で見送られることに
新規に加筆した稿です。初稿では、家族や村人に何も伝えず出奔としていましたが、きちんと話を通して旅に出るように変更しています(2022年7月30日)。
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「そういうわけで、オトコを求めて旅に出るからね! 捕まえるまで帰らないからね!! 止めないでよ!!!」
「「「「「「「……」」」」」」」
覚悟を決めた明くる朝、ご飯を食べ終わってから、意気揚々と宣言したものの、家族の反応がどうにも薄い。
そんな甘い考えじゃだめとか、村の外は危険だとか、いろいろ言われるだろうと思って、機先を制しようと思ったのに、何だかこう、残念な者を見るような、生暖かい視線を向けられる。
「えっと……何も言わないの?」
「どうせ」
「言ったところで」
「聞きゃしないだろうし」
「黙って出ていかれるよりいいし」
「その気になってるならいいんじゃね」
「……」
わたしの親や祖父母、すごく理解があるといえばそれまでなんだけど、何だろう、すっごく複雑な気持ちになる。
信用してくれているとはいえるだろうけど、何というか、わたしという人間は制御不能な存在で、さじを投げられているように思えるんだけど。
「姉貴なら、ヤバいオトコには引っ掛からないだろうから、危なくはないよ。引っ掛ける相手を見つけるのが大変だろうけど」
賢弟の淡々とした指摘、いささか耳に痛い。そんなに高望みするつもりはないけど、ある程度話が合う相手って、そう簡単には出会わなさそうなのは想像が付く。だからこそ、人の多い都市へ行こうと思ってるんだけど。ただ、コンスタンは当分行くつもりはない。
「いや、ヤバいオトコも声かけないでしょ。この外見じゃ」
ちょっと駄妹、胸を凝視しながら言うんじゃねえ。おめーの方が大きくなったからといって、態度まででかくすんじゃねえ……ってこいつ、確かパン屋の息子といい感じになってんだよな。ちくしょう。
えらい微妙な空気が家の中に広がってしまう。
ま、まあ、ともかく、昼前には家を出ると言ったんだけど。
「わかった。昼ご飯は一人分減らせばいいね」
「今日、ヤギの餌やり当番だから、忘れんなよ」
「……」
あの、近所に買い物に行くんじゃないんだけど。どっち方面に行くのとか、いつ頃戻ってくるのとか、そういうことを聞くのが普通なんじゃないでしょうか。
多分、すっごい間抜け面になっていると思いつつ、恐る恐る聞いてみると。
「どうせ、行く先々で騒動を起こして」
「あっちこっち場当たり的にフラフラしながら」
「何だかんだ悪運が重なって結果オーライで」
「気が付いたら帰ってくる」
「心配なんかいらんだろ」
「……」
これだけ信用されているというのは、日頃の行いがよいせいでしょうか。そんな風に聞こえないのは、わたしの耳が汚れているからなのでしょうか。
それからは村の中を回って、霊術師としてのお仕事をこなしながら、しばらく旅に出ると伝えていく。それなりに小さな仕事をしてたり、お付き合いもあったからね。
旅の理由だけど、聖地巡礼に出るということにしておいた。真生教と真一教で二股を掛けてるのは知られているから、いろんな聖地を巡って、信仰のあり方を見つめ直してきます、って。あながち間違いではない。西方にはいろいろな宗派の聖地があるから、比較するだけでも楽しそうだ。それに、聖地には遠くから訪れる人も多いから、いろんな出会いが期待できるしね。
でもさ、話す人話す人、みんな穏やかな顔して、いい人が見つかるといいね、っていうのは、どういうことだよ! わたし、この村の中で、そういう女だと見られてたのかよ! しかも、こういう反応、子供たちまで同じだったよ! ガキ共の親が、常々そう言ってるんだとさ!
村に一家族だけ居る、ダーマ教のおばちゃんに至っては、これをお持ちなさいって、お札をくれた。道中安全かと思ったら、良縁成就ときやがった。ありがたすぎて涙も出ません。
もうやだ。こんな村、さっさと出てやる。そんで、絶対にいいオトコをゲットして凱旋(がいせん)してやる。その時に驚いても知らないからね。
何だか、一歩を踏み出す前から、どっと疲れちゃった。前途多難だなあ。
そして最後に、おばあさま――母方の祖母のお墓にお参りする。お墓といっても、遺体が埋葬されているわけではなく、単なる墓標であって、お祈りする目印に過ぎない。ダーマ教西伝派の葬儀にのっとり、遺体はしかるべき処置を施した後に川へ流している。
わたしにとっておばあさまは、霊術の師匠であり、料理を始めとした家事の師匠であり、人との接し方の師匠でもあった。何でもできる人というのは居るはずもないけど、驚くほどいろんなことに通じる人っていうのはいるんだ。この年になると、そう思える。
「おばあさま、行ってまいります。これからも、わたしを、家族を、見守ってくださいませ」
合掌して一礼してから、両膝を地面に付け、次いで、額と両肘も地面に付ける。ダーマ教に共通の拝礼方式だけど、真正教や真一教から見れば、異教徒の邪教にとらわれているようにしか見えないだろう。それでも、故人が信仰していた以上、それを尊重すべきだと思うし、それに沿って拝礼するのが道理だ。これは、誰にどう言われようと、譲るつもりはない。一応、宗教者の端くれではあるけれど、だからこそ、人が信仰する営為を否定するのは、信仰という行為の聖性を損なうことになると確信しているから。
立ち上がってから、再び一礼して、わたしはその場を後にした。
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