1-3.目標は決まった
《村を出るって、本気かい?》
《本気も本気。こんなこと、冗談じゃ言わないよ》
《そりゃ、冗談じゃないんだろうけど、急な思いつきで急に行動したら、後々後悔することになると思うよ》
使役霊のフェリットは、もともと牧羊犬だったという。その時の詳しいことは話してこないし、わたしも聞くつもりはないけれど、賢くて勇敢、それでいてわたしといつも一緒に居てくれる。物理的な実態はないからボディーガードにはならないけど、危機察知能力は、霊体になっても高い。とても頼りになる相棒だ。
だからこそ、本気で心配してくれているのは、よくわかる。まあ、これまで村から一歩も出たことがなくて、ただただ村を通過するいろんな人の話に目を輝かせていただけの小娘が、突然村を出るっていえば、引き留めるのも当然だよね。
《でも、この村に残っていても、先が見えないから》
わたしも十六歳、そろそろ、生涯の伴侶を真面目に探さなくちゃいけないお年頃。あまり大きい村というわけじゃないけど、年齢がそれほど離れていない男もいるし、それなりの人を介して付き合いを求めるのが一般的だとは思う。
例の失礼な招待状にはぶち切れたけど、男性に対して過度に美化した印象を持っているつもりはないし、分不相応な王子様を求めるつもりもない。高望みできるほど、自分が高く評価できるとも思っていない。
だけど、うちの家は、ちいとばかり特殊なんだよね。
何せ、二代前、つまり祖父祖母の代に遡(さかのぼ)ってさえ、民族も言語も宗教も、物の見事にバラバラ。おかげで、わたしが生まれた時、誕生の儀式をどうするかで、周囲が大もめにもめたらしい。両親や祖父母たちは、テキトーでええやんテキトーで、どうせ本人があずかり知らないところでやるもんだし、ってノリだったみたいだけど、儀式に立ち会う聖職者や信者にとっては、そうもいかなくて。結局、礼拝所や教会は使わず、村の真ん中にある広場で、いろんな宗派の人が同時に儀式を執り行うという、なかなかカオスなことになったらしい。ちなみにこれが前例となって、弟や妹の時は、特に揉(も)めることもなく、カオスな儀式が粛々と進んだそうだ。何そのカオス見たい、弟か妹をもう一人頑張って作ってよまだいけるでしょと母にねだったら、お返事はゲンコツになりました。
まあ、生まれちゃうのは止められないし、そもそも生まれてくる本人の意思も責任もないから、その場しのぎでも構わないっちゃ構わない。だけど、結婚となると、両者の意思による契約を神への宣誓と共に行うものだから、他宗派併存のなあなあなんてできるはずがない。結婚に限らず、儀式を介するとなれば、それなりの形式を備えられるようにしないといけない。
そうなると、結婚するなら、まずは、特定の宗派に所属する必要がある。でも、入信自体は簡単だけど、一回入信すると、乗り換えるのが大変に面倒だ。いや、乗り換えない以前に、曖昧で過ごすという選択肢が消えてしまうのが痛い。
信仰自体は肯定するけど、特定の信仰を評価するには、わたしはまだあらゆることを知らなさすぎる。だから、特定の信仰を選択しない、いや、できない。まあ、信仰という行為そのものだって、神が人間には認識しえないものであると前提するのなら、その意味を立証することがほぼ不可能なんだし、それを人間の重要な評価軸に据えるって、どうかなあ、と思ってたりする。
そんなことを考えてるから、今のところ、結婚相手が欲しいと思えない。まあ、心奪われる魅力的な殿方でもいれば、コロッといっちゃうかもしれないけど、今のところは心当たりがない。
だから、保険ということもあって、教師なんて職業を狙っていたんだ。都市部ならまだしも、こういう片田舎で、未婚女性ができる数少ない仕事だからね。
特にこれといった努力を積んだわけじゃないけど、教えること自体はそれなりに上手だったようで、曲がりなりにも先生と自然に呼ばれるようになった。自分なりの実践も進めているしね。
子供に古典の暗唱をさせるなんてナンセンスだ、それなら教典を覚えさせろって言われたけど、古典の名文句を組み合わせて日常に応用させたり、童謡みたいに歌ってみたりしたら、子供たちの目は輝いたよ。基礎知識は教え込む必要があるけど、難しいと思えるものは興味を持って引き込まないと。これが教典の文句になると、聖なるものと扱われるから、オモチャみたいにいじることはできないし、子供たちも萎縮しちゃうんだよ。教典を教材に使うのは慎重に。そう言ったら、教会の人ら、ポカンとしてた。
そうこうしてるうちに、真一教の方でも、真生教の方でも、教義やら儀式やらに詳しくなってしまった。いつの間にか、真一教では礼拝呼び掛け者、真生教では輔祭の資格を得てしまう。どちらも通いで構わない役職だし、知識でも実務でも問題なくこなせる自信はあるけど、なんでか暗黙の内に二股公認みたいになった。ついこの前、真一教で礼拝教師が病気で動けなかったから代わりに説法して、その後真生教の教会に移動してから、司祭が自称体調不良で出てこないので代わりに儀式を進めたということもあった。いいのかこれって。
そういった感じで、信仰面で最低ランクであっても肩書を得つつ、教師としての実績を地味に積んでいこうと思ったんだけど、論文なんてもんを書いて有名な大学に送ってしまったのは、完全な勇み足。軽率なことをしたものだと今なら思うけど、自分の力というか、そんなのがどのぐらい認められるのか、試してみたくなっちゃったんだよ。若気の至り。
その結果が、例の招待状だもんね。いったん黙殺することにはしたけど、あのキョージュが粘着オヤジだったら、返答を催促してきやがるかもしれん。今のところは、礼拝所の学校で止まってるけど、村中に話が広まるまで、そう時間もかからないように思う。
《偉い学者先生の妾なんて名誉なんだから行ってこい、なんていう、迷惑な善意百パーセントの声に囲まれたくなんかないよ。だいたい、顔も見られてない、声も聞かれてない、そんな相手に、女として見られても、うれしくも何ともないし》
《でもさ、いい男だったら、悪くない話なんじゃないの?》
《リスクが大きすぎる。会いに行ったら、もう断れないし。逃げるなら今のうち》
そしてわたしには、技術がある。
《だから、霊術師として身を立てながら、ってことかい?》
《うん》
生活魔法を実用的に使えるとはいっても、これは単独で身を立てていけるほどのものではない。日常生活を送るのにちょっと便利な道具、というところだから、これじゃ稼げない。家事にはいいだろうけど、これはやっぱり結婚が前提になる。
だけど、霊術の方なら、そもそも術者がずっと少ないから、競争も緩いはず。そして、霊術師がいないとできないことって、実はけっこう多い。
だから、それなりの大きさの町に出れば、楽に食っていくことができるに違いない。
《この霊能力と頭脳を活用すれば、つつましく平穏に暮らしていけるはずよ。この村で渦中の存在になるのなんて、真っ平》
《……》
よし。納得のいくパートナーを捕まえて、意気揚々と衣錦還郷。目標は決まった。
《そして、いいオトコをゲットして、お金もしっかり稼いで、この村に戻る。これで行こう!》
《……》
うん、覚悟、決まった。
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