1-2.オハコは煮込み料理です

後半部分、説明パートが長くなっております。ご容赦下さい。

--------------------------------------------------

「ただいまー……」


 日課となっている村の見回りを終えて、家に帰ったわたしを、家族七人が出迎える。わたしを入れて、八人家族。父とその父母、母とその父、そしてわたしと一つ違いの弟、二つ違いの妹。まあ、この村では普通の規模だろう。


「ちかれたー」


 家の中、無造作にいくつか置かれている椅子の上に、どすんと腰を下ろす。椅子といっても、丸太を適当に成形しただけで、背もたれも何もないけどね。


「まったく、威厳が求められる先生の正体が、このようなものだと知ったら、子供たちはどう思うかの」


「家の中と外とで切り替えぐらいさせてよ」


 わたしの社会的身分は、一応、学生ということになっている、いや、している。でも、少なくともこの村に居る限り、学生として“勉強する”機会はもう限られたものに過ぎない。真一教礼拝所の図書室も、真正教教会の書庫も、もう全制覇してしまったし、時々村を訪れる流れ学者を捕まえては議論をして吸収するのが精いっぱいだ。この身分を称するには、いささか無理が出ているのは、わかっている。


 だからといって、遊んでいるわけではない。礼拝所や教会で子供たちに対して読み書きその他諸々を教えて、お布施から報酬を受けている。子供にものを教えること自体は楽しいし、ものを知った、気付いた時の子供の反応を見るのは、もっと興味深い。教えて初めてわかることが多いというのを、日々実感している。


 そのほかにも、村の中を巡回していろいろ雑用めいたことをしているから、家計の足しになる程度の稼ぎはある。大した額じゃないから、胸を張れるようなもんでもないけど。


「まあまあ、それでも、立派に先生を頑張ってるんですから、大したものですよ」


「んー……」


 両親との、ごくごくありふれた会話。しかし、母のひと言は、地味にわたしの胸に刺さる。


「立派に……頑張って……いけるの、かなあ……」


「なんじゃなんじゃ、弱気になって。壁にぶつかるなんぞ、当たり前のことじゃぞ」


「おじいさん、この顔はそうじゃないですよ。きっとこれは」


「いやいや、違うじゃろ。これは恐らく」


 心配してくれているというより、人が悩んでいるそぶりをお茶請けにして盛り上がっている風だ。まあいいの、こういう光景に水を差さないでいるのも、じいさんばあさん孝行だよね。


「いや、姉貴って、出した論文がどうとかってソワソワしてたから、それだろ。落ち込んでないから、落選じゃないよね。そうすると、審査コメントが酷くて納得いかない、とか。ひでえセクハラ内容だったりして。あっはっは」


「……」


 賢い弟を持って、姉ちゃん、泣きそうです。どんだけ図星突いてくるんだよ。いや、男に振られたわけじゃなくて、期待や展望が風船のように急に膨らんで急に弾けただけだから、ダメージはそんなにないんだけど、察しが良すぎる家族ってのは、なんていうか、その、微妙にありがたくない。


「……え、ま、まさか?」


「うん、アンタ、百点満点。完璧です。ちくしょう」


 ちなみに、こう見えても、男に相手にされてないわけじゃないんだぞ。声を掛けられるだって、ないわけじゃないんだ。


 ただ、悲しいのは、愛の告白の類が皆無ということなんだな。これまでのパターンとしては、熱い夜を過ごそうぜとか、一緒に盛り上がらないかとか、俺の熱情を受け止めてくれとか、そんなんばっかり。それも、いかにも遊び人というチャラ男じゃなくて、妻帯者のオッサンあたりが多い。そんなんお断りだよ。


 じゃあ、割と年齢の近い男に言い寄ろうとしても、話が全くかみ合わない。勉強の範囲を超えて、学問の領域に興味津々で首を突っ込んじゃったからだろう。


 特段好意も何もなかったとしても、一つ屋根の下で暮らしていけば情も湧いてくるだろうし、そういうのも悪くない。でも、話がかみ合わないというのは、最初だけじゃなくて、ずっと我慢を強いられるってことだ。長時間の我慢は、どこからで必ず破綻を招くし、破綻を抑え込もうとすれば、破滅に至るかもしれない。


 賢弟は、うわーまじか、地雷踏んじゃったよ、とか言いつつ、すすっと自然に距離を置いてくれる。その気遣いに、姉ちゃん、またも泣きそうです。


「はーあ、どっかにまともなオトコ、いないかなあ。いろいろできる女ってんじゃ、アピールにならないのかなあ」


「いつでもデキる女ってアピールした方が早くね?」


 こら、そこの駄妹、こっちきなさい。ねーちゃんが指導してやるから……あ、逃げやがった。できる女にはなりたいけど、デキる女というかヤレる女になるつもりはないぞ。


 でも、学のある人がこの村を通ることは決して少なくないし、そういう人に触れる機会もある。でも、村の外の人ならいい出会いが、というわけにもいかないんだ。


「いい男の方が居たら、逃がしちゃだめよ。あなたに魅力がないとはいわないけど、見た目で嫌がる人も多いんだから」


「わかってますよ」


 わかってる。わたしが、恋人扱いされない理由。それは、わたしの虹彩異色、いわゆるオッドアイにある。


 左目はトパーズカラー、右目はターコイズカラー。片目を閉じれば、もう片方の瞳はなかなかきれいなものだ。わたし自身は大好きだし、こういう楓に産んでくれた両親に感謝もしているぐらい。


 でも、初見の人はこの目を見ると、ギョッとするんだよね。面と向かってどうこう言われることはほとんどないけど、何だか異能でも持っているんじゃないか、怒らせたら呪われるんじゃないか、なんて陰口をたたかれたのを耳にしたこともある。そんな能力ねえよ。いや、能力面で人と違うところはもちろんあるけど、少なくとも目は関係ねえよ。


「あー、もー、うじうじしてても仕方ないよね。晩ご飯、手伝うよ」


「それじゃ、煮込みの火、お願い」


「ほいさ」


 わたしは、カマドの前に置かれた石の椅子に腰を掛ける。


 シチューにせよ何にせよ、煮込み料理というのは、火加減で八割方が決まるといっていい。もちろん、いい食材を、いい調味料を使えばおいしくなるけど、それ以上に、長い時間、火の強弱を微妙に調整していくことが大事だ。スープだってそうだけど、タイミングを計る必要もあるから、火の通り加減そのものもチェックする必要がある。まあ、じっとそこに張り付いていなければいけないから、技術以上に、忍耐力が求められるわけだ。


 でも、この煮込み料理、いや正確にいえば、火加減の調整というのは、わたしの得意技。


 うちの家族分だけでは明らかに大きい鍋に向けて手をかざし、念じると、鍋の底に敷いているもみ殻から、ボッと一瞬火が上がり、すぐに小さくなる。


「お願い」


 ひと言だけ声をかけると、後はのんびり読書タイム。火を使っている以上、その場を離れることはできないけど、火事にさえしなければ大丈夫だ。嗅覚はいいほうだから、煮込み加減の見当もつくし。


 正直なところ、何ら労力を費やしていないのだけど、それでもこの煮込み料理は、近所では“店を開ける”と言われるほど評判がいい。実際、煮込みの香りが家から広がると、近隣からおこぼれちょうだいとばかりに、空鍋片手にやってくる人が後を絶たないし、それと引き換えに肉やらイモやらもらってるから、店を開いているようなものなのかもしれない。


 着火は、どうということもない。火魔法を使っているだけだ。この世界の人なら、恐らく四人に一人ぐらいは何らかの魔法を使えるし、それ珍しくも何ともない。でもわたしは、火の出力を細かく調整できるのだ。魔術師の能力は、蓄えておける魔力の量や、魔力の出力で判断されやすいものだけど、細かい出力調整をするのは、とても難しい。でっかい攻撃魔法を放てる能力と、ロウソクがともすような小さい火を出せる能力は、全く違うのだ。


 端的にいえば、生活魔法の行使が、わたしの得意技だ。母親譲りではあるけど、才能だなんて、失礼な事をいわないでほしい。小さい頃から、ずっと訓練してきたんだから。どうだ、まいったか。


《ちょっと、ボクを忘れないでよ、ヤッセ》


 ちっ、せっかく浸ってるとこなのに。ちょっかいを出してきたのは、わたしの使役霊、フェリット。


 わたしは、魔術師であると同時に、霊術師でもある。魔術師と違って霊術師というのはかなり珍しいようで、家族の中でも、わたしがそうだと知っている者はいない。唯一知っていたのが母方の祖母で、彼女はわたしの霊術師の師匠でもあったのだけど、一昨年に亡くなって以来、事実上わたしだけの秘密になっている。


 霊術と魔術には共通点が多いけど、決定的に違うのは、霊は魂=意思体と不即不離なのに対して、魔は魂と無関係なところ。つまり、意識が存在し得ないところには霊はないし、逆に、意識があるところに霊がある、そう思ってもらえれば構わない。だから、火を起こしたり加減を調整したりするのは魔術によるもので、霊術でどうにかしようとするのはお門違いになる。一方で、人にせよ獣にせよ、その動きは、正の感情や負の感情で左右される。それを左右する、いわば感情エネルギーの源泉が霊だと思ってもらえればいいと思う。


 そして、負の感情を高めた動物、魔物、そして魂などに向かって、その負の霊を浄化して正の方向へ導く、これが霊術師の使命になる。


 霊術師の仕事イコール除霊と見る人もいるけど、それはあまりにも一面的。確かに、すっかり汚れきった悪霊、あるいは憎悪を募らせて人に害をなす怨霊などは、問答無用で除霊することになるし、それができるのは霊術師しかいないから、仕事の一部ではある。


 でも、霊をぶっ殺すのが霊術師の第一の仕事ってわけじゃない。動物に例えれば、治療ができないから殺処分するようなもので、破邪で済むならそちらを選ぶ。だって、年がら年中負の感情だけをため込んでいる人間なんて、いるわけないでしょ。肉体のない魂だってそれと同じ。破邪の式によって浄化されれば、魂にとっては、それでいいのだ。そのまま天国に導かれることもあるだろうし、人に害をなすことなく人間世界でふわふわ存在する魂だっているし。


 それに、邪の悪影響から人などを守ることもまた、霊術師の大事なお仕事だ。自然界から発生する邪気のことを瘴気(しょうき)というけれど、この瘴気が発生しやすい森やら湖やらがあっても、霊術師が適切に防護処理を施していれば、それが人の生活圏に入り込むことはない。ちなみに、瘴気の発生源自体を滅することは、発生原因自体は残ってしまう場合が多い上に、いったん退治された瘴気が強化されて再発生することもあるので、基本的には避ける。よしんば、発生源を完全にたたいたとしても、霊的に真空状態になった空間には、他所からの邪気が集まりやすいから、長いこと観察を続けなければならない。こういったことを考えず、安易に森を切り開いて、手痛いしっぺ返しを喰らった例は、歴史上にいとまがない。


 そんなこんなで、けっこうお仕事は多いんだけど、正直なところ、報酬をもらえるような内容の仕事でもない。規模の大きい領主なら霊術師を雇用する可能性もあるだろうけど、個々の村レベルでは、ご飯を食べられる職業にはならない。流れの霊術師なんていうのも聞くけれど、実態は歩き巫女だったり旅芸人だったりで、肝心の力量は怪しいらしい。


 そういうしだいで、あまり個人的な恩恵を受けなさそうな技能なんだけど、修行の甲斐(かい)があったというのが、使役霊を行使できることだ。魔女が行使する使い魔というのは割と知られているけど、使い魔自体は生身の生き物であるのに対して、霊術師が行使する使役霊はゴーストで、生き物ではない。そして、契約を交わした霊術師以外とは、原則として意思の疎通を行わない。


 だから、わたしが使役霊とやり取りをする場合は、発声しないで、頭の中だけでやり取りしてる。わたしは、念話っていってるけど、一般的に何ていうのかはしらない。


《はいはい、毎日感謝してますよ、上から十八番目ぐらいに》


《軽っ! いや、そこはせめて、一桁にしてよっ!》


《わかった、じゃ、下から三番目ぐらい》


《そっちかよっ!》


《いやいや、料理番をしてくれるし、朝は決まった時間に起こしてくれるし、とっても重宝してるんだよ》


《そこかよっ!!》


 なんだかブツブツ言ってるけどね。


 でも、ホントに助かってる。彼が“弟子”を育ててくれたから、わたしも、心置きなく“卒業”できる。


 だから。


《フェリット。あなた、わたしがハイリク村を出たとしても、ついてきてくれる?》

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る