1-5.街道でワクワク

「ふふふーん、ふふん、ふふーん♪」


 鼻歌を鳴らしながら、街道をてくてく歩く。


 ワクワクが止まらない。この先、どんな事が起こるのだろう。町って、どんなところなんだろう。


《いいのかなあ、たった一人で》


《大丈夫でしょ、邪気なんか何も感じないし、悪意を持った存在なんかいないってば》


 フェリットは随分心配性だけど、そこまで気にしなくていいと思う。


《それに、村の方も、きちんとケリを付けておいたからね》


 村の周辺には、邪霊が入ってこないように結界を施した上で、村内での霊の動きを穏やか、かつ止まらずに回転させるように処置を施しておいた。けっこう細かい作業が必要だけど、村人の空気が多少悪くなったぐらいでどうこうなることはないって断言できる。


《あのままでも十年はもつと思うし、誰でも維持修復できるようにシンプルな術式で組んでいるから、並の霊術師でも対応できるよ》


《あのね、霊術師自体、あの村にはヤッセ一人しか居なかったんだよ。その意味、わかる?》


《うん、わかるよ。人去らば、人来たりって、言うじゃない。わたしが村を出れば、どうせすぐに人は来るよ》


《そうかなあ》


 そもそも、村を霊的に安定させるようにしていたのは、誰に頼まれたからでもなくて、単に修行の一環としてやっていただけだしね。


 人も、動物も、魔物でさえも棲(す)んでいない土地ならいざ知らず、一般的には、どんなところにでも、霊は存在する。そして、肉体から離れた霊は、いわばこの世に丸出しで漂っているわけだから、どうしても邪気に犯されやすい。その反面、破邪も簡単だ。人に直接危害を及ぼさない程度の邪霊なら、わたしの場合、子供の頃は詠唱してから補助具を通して施術していたけど、今なら術式を頭に浮かべるだけで、詠唱するまでもなく、瞬時に対応できる。手の施しようがない状態なら、力任せに除霊だ。


 でも、やり過ぎはよくないんだよね。一定の空間をすべて清浄な状態にしてしまうと、そこを目がけて、四方から邪霊が大量に流入することが予想されるから。接触が少なければ抵抗力も落ちるし。結局は、バランスの問題になる。部屋の掃除と同じ感覚で処置してはいけないの。


 だから、見つけしだい破邪、なんてことはせずに、悪性化しない限り、見守るように心がけた。そのうち、理性が残っている邪霊には顔なじみも出てきて、仲良くなったり、懐かれたり。わたしに付いてきているフェリットも、もとはといえば、野獣に食い殺された怨(うら)みを抱いたままの霊だっんだよ。それが、遊び友達になって、最初の使役霊になってくれた。そして、彼を通じて、他の霊たちとも仲良くなれた。感謝してるんだ。恥ずかしいから、言えないけどね。それに、邪に染まりつつある霊って、話し相手がいなくて、こじらせているコが多いみたいだし。


 そのままだったら怨霊になっていたかもしれない霊たちだったけど、最後にあいさつ回りしたら、村の守護霊みたいでカッコいいじゃない、任せといてよ、って、力強い返事をもらえた。ちょっとうるっときたりした。人間よりもあったかいとさえ思ったね。


《今だってさ。このあたりに居る霊、みんな、わたしたちに好意的じゃない。幸先いいよ》


《確かに、霊“には”好意的に見られてるけど、さあ》


《けど?》


《すれ違う人たち、みんな、ヤッセのこと、避けてない?》


 ……。


 うん、知ってた。知ってたけど、気付かないふりしてた。


《で、でも、ね。こんなかわいい美少女が、一人歩いてて、そっちを見てたら、足元が危なくなるもんね》


《……》


《なんか言ってよ!》


《多分、答えは出てるんだと思うから、ボクからは何も言わないけど。先のこと、あまり楽観的に考えない方がいいかもだよ》


 ぐうの音も出ない。


 みんな、わたしの顔を見て、一瞬ギョッとした表情になって、視線をそらして、何も見えないふりをして足を進めるんだよね。


 確かに、邪念は感じられないんだけれど、裏を返せば、素の感情が出ているわけで。


 頭に巻いている白いトゥルバンにオレンジ色のスカーフは、スルスルした肌触りが心地よくて、わたしのお気に入り。真一教の信徒なら、無難なスタイルだ。でも、真正教文化圏では、違和感をもたれるかも。


 いや、違うな。明らかに真一教徒の商人ともすれ違ったけど、彼らも同じリアクションだったから。


 そうなると、やっぱり、わたしの格好というより、この目の色のせいだろう。オッドアイというのは、驚かれるだけじゃなくて、気味悪がられるものなのかな。


 そう考えると、あのセクハラ教授だって、わたしを実際に見たら、妾なんてやーめた、ってなるのかもしれないね。いや、それはそれで、その後の処遇がかなり嫌な事になりそうだ。


《まあ、いいよ。この目が、虫除けになっていると思えば》


《虫以外もよけているようだけど》


《……。町に着いたら、眼帯でもしようかなあ》


 何だろう、どんどんテンションが下がっていく。


 重ねて言うけど、わたしの目の色が左右違うからといって、何の影響があるわけでもない。色素の量が違うけれど、片目をつぶっても、視野が違うだけで見え方は全く同じだ。もちろん、霊能力にも何ら違いはないし、知り合った霊たちに聞いても、何も感じられないっていうことだし。


 いや、ここは気分を切り替えよう。この目を見ても動じない人は、いい人だ。そういう人との縁を、大事にしよう。


《うん、これでいこう!》


《……》


 おっ、町の入口が見えてきた。いい出会いがあればいいな。


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事実上のプロローグである第一章はここまで。ここから、各章で地理的な舞台が変わっていきます。

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