2-15.絶対など、絶対にない!

前回投稿でナンバリングに誤りがありました。失礼致しました。

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 わたしの大声に、全員が体を一瞬こわばらせる。そしてすぐ、腰を落として、すぐに動ける体勢になる。このあたりは、さすがに経験を積んでいる。


「こちらにはまだ気付いていない、観察に専念して! あそこのケヤキの木の方に」


「「「?」」」


 わたしが指さした方面に居るのは、一匹のウサギ。のんきにむしゃむしゃと草を食んでいる。


 これを目で見ているだけなら、のどかな光景だ。あるいは、弓でも持っていれば、いい獲物だと思うかもしれない。


 しかし、そこに迫っている影というか、霧というか、そういうものが、ただならぬ不気味さをまとっている。


「何があるんだ?」


「何も見えねえぞ?」


 二人のD級冒険者はそんなことを言うが、カールリスさんだけは違う反応を示した。


「俺には何もわからんから、詳しく教えてくれ。目には見えない、魔力……も、なさそうだな」


「霊力、それもかなり攻撃性の強そうな霊力が、渦巻いているの。意思は持ってないから、知能の低い野生動物みたいに、本能のままに動いているみたいね、カールリスさんが見た黒いっていうのは、単なる死霊じゃなくて、霊が含む邪の部分だけが濃縮されたものかも」


 これは、事前に立てていた仮説だけど、この線がいよいよ濃厚になってきた。


「あんま要領を得ないけど、普通の悪霊とは違うってわけか。そんなの相手に、聖水が効くのか?」


「わかんない。効くかもしれないし、効かないかもしれない」


 ボソッとそうつぶやくと、二人の冒険者は、無責任だ、隠し事するな、とブツクサ言うが、もう無視する。今は状況を把握するのが先でしょうに。


 そうこうしているうちに、その不気味な塊がどんどん濃密になって、目で見えるようになってくる。


「おっ、俺にも見えてきた……そうだ、土から湧いて……ん? 土から?」


「実際には湧いてきたんじゃなくて、地面の方から濃くなっていったみたいね。土から養分でも取ってたのかな。養分……いえ、土が瘴気で汚染されてて、それを吸い上げているのかな」


「ふん……そうすると、あいつらって、瘴気のある範囲、土が汚染されている範囲でしか動かない、ってことか?」


「可能性は高いと思う。わたしたちが居るこの場所は汚染されてないから、その仮説が正しいとするなら、ここに居る限りは安全ね」


 二人がほっと安心する。さっきまでの愚痴半分の声はどこへいったのか。油断していい場面じゃないぞ。


 ちなみに、汚染されていないという言葉に、カールリスさんがちらりと反応する。鋭いな。


 そして、その黒い塊がウサギを包み込んでいく。ウサギが全く動けない、いや、動かないうちに。


 その光景に、強い違和感が出てくる。


「ウサギって、逃げ足がすごく速いわよね。カールリスさんのお仲間たちって、ああいう風に、身動きが取れくなったの?」


「いや、そんなことはねえ。もともと護衛なんだから、気味の悪くて言葉が通じない奴が近付けば、問答無用で退治しようとするし、実際、戦闘に向かっていってさ。……いや、確かに妙だな。あのウサギ、怖がる素振りをみせねえし、金縛りにあったわけでもなさそうだ」


「そうね。ひょっとすると、取り込まれる側は、不気味や恐怖を感じないのかもしれない」


 護衛が退治しようと奮闘したのは、いわば職業的な義務感が基にあって、本能的な警告などはなかったのかもしれない。つまり、目に見えるようになったから対処したけれど、そうでなければ、何の疑いもなく飲み込まれて、そのまま消滅したのかも。


「夜に出たら、どうしようもないじゃねえか……」


「昼に発見できたのが、不幸中の幸いということね……それなら……ちょっと、このように試してみようと思うんだけど。ここで漫然と観察してても、危険だ、って以上のことがわからないし」


 ウサギが、輪郭がハッキリしない塊に飲み込まれていくのをじっと見ながら、わたしは、一つの方法を提示してみた。


「わたしが脇に回って、あの塊に向かって、ちょっと“実験”してきます。みなさんは、その経緯を観察して頂く。これでどうでしょうか。直接攻撃も魔法攻撃も効かないなら、別のアプローチが必要なはずですし、わたしはそういう方法に心当たりがありますから」


 案の定というか、二人の冒険者は、ギャアギャア言い立てる。それでうまくいく保証があんのか、俺たちの体を守れるのか、って。


 それまで、二人に対して何も言わなかったカールリスさん、彼らをじろりと睨んで。


「提案ができねえなら、黙ってろよ。もともと今回の依頼は、得体の知れない相手の調査が第一だ。正体がわからないからこそ、少しでも可能性がある手段を出して、根拠がありそうなものなら、試してみる。それでいいじゃねえか。手順に沿った対応しかできねえ、いや、気付けねえなら、D級から上がることはねえぞ」


「「……」」


「それとも代わりに、お前たちが行ってくれんのかい?」


 二人はギッとカールリスさんをにらみ付けたが、それが正しいことはわかっているのだろう。カールリスさんはC級、それも、目立った業績を上げにくい、戦闘支援系の冒険者だ。説得力がある以上、反論はできない。


 そもそも、戦って勝つのが目的ではない。今は、戦うことになった場合に勝てるための条件を調べることの方が、よほど大事なのだから。


 まあ、こんな小娘の言っていることなんか、背伸びをしてランクアップしたいとみられても仕方ないかもだけど。


 そう思ったので、懐から小瓶を出して、わたしたち四人が居る周囲に、中身をまいておく。


「念のために、ここにも聖水を使っておくから。これで、九分九厘大丈夫でしょう。絶対、なんて気安く言うことは、できませんから。じゃ」


 わたしたちが現在居る場所に限っては問題ないという確信はあったけど、ポーズは作っておかないといけない。


 さて、と、立ち上がると。


「自分一人で退治できたと判断しても、退治するなよ。バケモンじゃなくて、それ以外の存在に、ぶっ殺されちまうかもしんねえから」


 カールリスさんが耳打ちしてくる。


 うーん? 相打ち寸前になって、呪いを受けるとか、そういう可能性は確かにあるよね。確かに、退治は条件に入ってるわけじゃないし。


 敵さんは結構デカそうだけど。いざとなれば、奥の手もあるし、まあ、何とかなるでしょう。

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度胸がある一方で、危機感が薄くて甘く見がちな主人公。この先、痛い目にあうのか、すんなり流れるのか。今回は出てきませんでしたが、寄り添う霊たちは、気が気ではないようです。

次回は2022年1月15日(土)投稿予定です。

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