2-13.めんどくさいことになっちゃった

本年もよろしくお願い申し上げます。

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 わたしはまず、その魔物らしきものを直接目にしたっていう冒険者に会うことにした。どうやら、すでに冒険者ギルドへ呼んでいるらしい。


 まあ、随分と用意のいいことで。わたしが話を受けることを前提にしていたのかい。今から“やっぱりやめまーす、Gランクでいいでーす”と言ったら、どうなんのかね。その、貴重な帰還者の顔に泥を塗ることになるし、冒険者ギルドの面目は丸つぶれだと思うんだけど。ふむふむ、ギルドの運営って、新米冒険者がキャスティングボートを握ることもあるのか。


 そんな、果てしなくくだらないことを考えながら、ギルドの控え室に案内されると、三十歳手前ぐらいだろうか、背が高くてぎょろりとした眼の男が座っていた。


「C級冒険者、カールリスだ。よろしく」


「昨日冒険者登録したばかりの、F級冒険者、ヤーセミンです。お時間をいただき、ありがとうございます」


 わたしは巻き込まれた立場ではあるけれど、目の前に居る男だって、その点では同じだ。


「別に礼を言われる筋合いじゃないさ、ちょうど手も空いてるしな。そもそも、この件が片付かなけりゃ、俺も動けねえし」


「動く……ですか?」


「今、教会の聖職者を護衛するグループがな、例の件で足止め喰らってるんだ。いや、正確には、俺が止めているという方が正しいか」


「え? でも、さっきギルドマスターさんは、この町に来て初めて聖水使いが必要と知ったって」


「そのギルマスが、例の件を聖職者の護衛たちに話したら、この先について難色を示した。そんで、案内人として俺に声がかかったが、俺も今は止めとけって言ったのさ。でもまあ、俺も、あのバケモンたちに逢った時、仲間を見捨てる形になった負い目もあるし」


 なるほど、断り切れなかった、と。


 カールリスさんは、言葉遣いや表情こそぶっきらぼうだけど、ここまで話した限りでは、過度に警戒する必要はなさそうだ。


 唯一の帰還者、唯一の目撃者というのは、重要な存在である一方で、非常に微妙な立場に置かれる。そう、真犯人はお前なのではないか、という、何の根拠もない“視線”によって。理屈の上では理不尽といえるけど、感情の上では当然の反応ともいえる。


 しかし、彼の話しぶりには、あまり不自然なところはない。実に淡々としている。冒険者という、危険と隣り合わせの仕事をしている以上、どこかで“見捨てる”という選択肢も出るのだろうし、そのへんのケリをきちんと付けられるのだろう。


「ですが、根本的な疑問があります。聖水使いが必要とのことですが、逆に、聖水で対処できると判断できたのですか?」


 そう、相手が何ものかがわからないのに、事前にこれが必要だと断定できるはずはない。つまり、すでに目星は付けているってことだけど。


「いや、俺自身、見ただけの状況じゃ、さっぱりわからない。物理攻撃も魔法攻撃もダメだから、聖水が効く可能性はあるが、それが効かない可能性も十分にある。だいたい悪霊なら、ポコポコと湧いてきたりするはずないだろう」


 そうなんだよね。


 悪霊化するかどうかは別に、霊として見えるものは、かつては生き物だった存在で、何も無い場所からふっと出てくることはあり得ない。


「地中から地上へ出てきたのでしょうか?」


「それはないな。ある空間が急に色づいて、だんだんどす黒い塊のようになっていく。しかも、中心に行くほど色が濃くて、周辺になるほどぼんやりしていて、輪郭がハッキリしない。さっぱりわからねえし、人に聞いても理解してもらえる気がしねえ。ギルマスにはありのまま話したが、やっぱり要領を得ないみてえだな。……あんた、何か心当たりはあるかい?」


「まず、悪霊の可能性は低いと思います。もちろん、非常に能力が高い霊が、例えば不可視状態から可視状態に体を変化させることは、理屈としてはあると思うので。でも、聞いたことがありません。そうなると、考えられるのは」


 そんな風に話し込んでいると、控え室のドアがバンと音を立てて開いて、五人ほどの冒険者が入ってきた。


 あれ、おかしいな。目撃者と、これまでの護衛や護衛対象の聖職者とは、別々に会う手はずだったんだけど。


「あの、今打ち合わせ中なんですが」


「君たちが、マニエーレヴ近くで得体の知れないのを見たって奴と、聖水使いって奴だろ? 悪いことは言わない、この件からは手を引く方がいい」


「……そういうあんたらは誰なんだ」


 ここまで落ち着いたトーンだったカールリスが、うさんくさげに顔を向ける。いや、多分、わたしも似たような顔になっていると思う。こちらが発した言葉を無視されたんだから、ムカつくのは当然だし、そのぐらい顔に出してもいいよね。


「俺は、ここまで坊主連中の護衛をしてきた冒険者だ。だが、この先で得体の知れないのが出るというのなら、むしろ好都合だ。俺たちは下りるつもりだぞ。悪いことは言わねえ、お前らもさっさと手を引け。……あんなクソ坊主の勝手に付き合ってられっか」


 クソ坊主の勝手?


「すみません、それだけじゃさっぱり話が見えないのですが。危険かどうかはまだ何とも言えないと思いますが、それ以外に、護衛を受けない方がいい理由があるのですか?」


 どうするか考えるにしても、今の時点では、情報があまりにも少なすぎる。


 ここに乱入してきた冒険者たちが、彼らの把握している情報を、正しく伝えるとは限らない。いや、少なくとも、彼らにとって都合の悪い情報を伝えることはないだろうし、そもそも、こちらにそういう情報を提示するメリットはないだろう。


 それでも、彼らが“伝えても構わない”レベルの情報であっても、知っているのといないのでは、行動選択に違いに出てくる。


「ああ、そう言うのは、無理もないな。……まあ、端的に言って、あの坊主共の言うことは、信用できない。冒険者と依頼者の間の信頼関係がなくなれば、それ以上の契約は無用、ってわけだ」


「信頼関係……情報を隠していたり、嘘をついていたり、ですか?」


「そういう言い方もできるが、それだけじゃねぇさ」


 その男は、ため息をつきながら、語る。


「あの連中、信仰に名を借りて、うさんくさいことをやってる。いや、うまい汁を吸ってるとか、そういうレベルじゃない。もし、マニエーレヴまで無事にあのクソ坊主共を届けたとしても、その後、俺たちが無事でいられるかどうか、わからない」


 うわあ。


 護衛対象と、護衛の冒険者とが、ギクシャクしてるどころか、ものすっごく不信感を募らせてるってわけね。


 なんだか、ろくでもない展開になりそうな未来しか見えないんだけど。


 カールリスさんの方を見ると、頭を抱えて下を向いている。面倒なことに関わってしまったな、と思ってるんだろう。いや、それはわたしもそうなんだけど。


 室内を、沈黙が支配する。空気が重たい。


 その重さに耐えかねて、声を出す。


「……ひとまず、その聖職者の方々の件を別として、例の得体の知れない連中について調べる、ということになりますかね」


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次回は2022年1月5日(水)投稿予定ですが、ストック皆無の自転車操業状態は変わっておらず、予定を遂行できるか微妙です。

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