2-12.バレテーラ!

前回「次回は12月28日(火)投稿予定」と書きましたが、29日(水)の誤りです。失礼致しました。

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 つい昨日、あれこれやり取りした応接室に、二日続けて入ることになった。


 ギルドマスターのミコラにうながされて、ソファに腰掛ける。


「まず、昨日のこちらの対応につい。ありゃ、完全にギルド側の落ち度だ。すまねえ。ああいう現象については、今のところ何もわかってねえんだが、そもそも魔道具なんてものを使っていりゃあ、人間のどんな力が出てくるか、わかったものじゃねえ。ある条件下ではある反応になるだろうが、条件が少しでも違えば思いも寄らない反応が起きるのも、当然だろうし」


「ええ」


「それで、粗暴なことをしたサブマスは、ウーマニ支部に呼び戻して、じっくりと“研修”することにした。一年ぐらいは現場に出ちゃこねえから、安心してくれ」


「……」


 “研修”って、何でしょうか。わたし、気になります。


「それと、自分の経験で意味不明なことが起きても、脊髄反射的に不審者扱いはせず、あくまでも協力を求める姿勢を守ること。何より、新規登録希望者は、そもそも冒険者になってさえいないのだから、なおさら丁寧な対応を心がけること。この二点を、ここだけでなく、俺の傘下にある全ての支部や出張所などに徹底する。そして今後も、適宜、現地調査をして、再発防止に努める。……こんなところだ」


「えーと」


 どう反応していいのか、わからない。


 そもそも、最初の謝罪だけで、こちらとしては特に言うことはない。それ以降については、立場上は説明が必要なのかもしれないけど。


「でも、そういうことをいきなり“徹底”して、反発が起きませんか?」


「人間、強いと思っている人間ほど、自分が知らない、知ることのできない領域のものを見ちまうと、反射的に恐怖を覚えるもんなんだ。それはまあ、仕方ねえ。でもよ、冒険者ギルドなんてところに勤める以上、そういう時でもきちんと対応できる、いや、対応するように心がける必要があんのよ。この程度で反発するのがいりゃあ、丁寧に“指導”してやる。ちなみに“指導”三回で“研修”行きな」


「……」


 あの、“指導”って、いったい。


「前は“指導”二回で“注意”をして、“注意”二回で“警告”をして、“警告”が二度重なると“研修”行きにしてたんだけどな。ぬるすぎるという声があって、こういうルールになった」


 なんだか、東国の格闘技で、そんな名前のペナルティー制度があったような記憶が。いや、そりゃどうでもいいんだが。


「それから、二番目。嬢ちゃん、例の連中は、霊だって言ってたよな。でも、これまで手が出なかった連中の話を聞く限り、手を出さなければ向こうは何もしてこなかったらしいんだが。どうやって対処したんだ?」


「レーニャさんにお話ししたとおり、聖水を持っておりましたので」


「でもよ、聖水を使って退治したってなると、不自然なんだよな」


 ミコラが、こちらを鋭い目で見つめてくる。ちょっとビクつくが、間違ったことは言ってないし、矛盾もない。そもそも、嘘をついていない以上、何をされるいわれもない。


「今までの目撃証言からすると、確かこの川から少し離れたところにあるモミの木と、少し離れたシイの木の間に居るらしい。そこから計算すると、霊の数は二十体は下回らないだろう。そんな連中に、聖水だけで対処できたのか?」


「ご想像にお任せします」


 うん、困った時には、このフレーズだ。隠し事をするのは褒められたことではないけれど、嘘をつくことに比べれば、その程度は低いからね。


「だいたい、それだけの量の、それも劣化していない聖水を、どこに保管していたか。<アイテムボックス>じゃ無理だよな」


「ご想像にお任せします」


「そんで、嬢ちゃんの説明が“聖水を使った”じゃなくて“聖水を持っていた”。つまり、聖水で退治したとは、ひと言も発してねえわけだ。そうなると、聖水以外の方法で対処したって考えても、おかしくねえよな」


「ご想像にお任せします」


 あはは、バレテーラ。


「……だんまりかよ。まあいいさ、別に尋問してるわけじゃねえんだ。こっちなりに答え合わせできたから、これ以上は何も言わねえさ」


「どのような結論に至ったかは聞きませんが、人が見せていない能力を、推測だけに基づいて事実のように伝えたりしないでくださいね」


「するわけねえだろ。逆に、辻褄があわないことが連発すりゃあ、ギルドの中で要検討事項になんだよ。だからこそ、“そういう能力持ち”ってえことで、結論づけておきてえ。わかるか?」


「了解です」


 考えてみれば、冒険者ギルドというのも組織だから、問題視されるようなことが発生してしまえば、何らかの形で明らかにして、着地点を設けなければいけないってことだもんね。最初のゴタゴタがあった借りもあるから、ここはおおっぴらにしない、ということだと解釈しておこう。


「さて、三番目。依頼というのは、他でもない。実は、マニエーレヴに向かう聖職者グループが来ているんだけどな。ここサブレネフからマニエーレヴまでの間には、時々、物理攻撃も魔法攻撃も効かない魔物が出るって報告があるんだよ。それに対処するため、同伴してもらいたいんだ」


 マニエーレブといえば、小麦畑が広がる穀倉地帯にある都市で、農作物の集散地として活気があると聞いたことがある。選民教の信仰拠点の一つで、参拝のために立ち寄る信徒が多い。この情報は、生まれ故郷のハイリク村へ訪れた選民教商人から聞いたもの。


「もちろん、本来の護衛は別に居る。嬢ちゃんにはあくまでも、いざという時に聖水を使えるように準備してほしいってことらしい」


 うん? 妙だな。


「その聖職者たちが“来ている”って言いましたよね。ということは、彼らは他の場所からここに来て、マニエーレヴへ移動するわけでしょう。これまで、聖水使いがいなかったのですか?」


「ああ。もともと誰も居なかったんだが、ここまで付いてきた護衛がこのギルドで情報収集して、そんな魔物がいるんじゃ丸腰同然、自分たちには無理だ。対処できる者を用意してくれ、そうでなければ契約を解除する、ってことになってな」


「それって、護衛側が勝手に言い出していいんですか?」


 そういう契約って、最初の時にしっかり決めておいて、誰にも想定できないような事でもおきない限り、一方的に変更を求めたりできないと思うんだけど。


「まあ、物理攻撃やら魔法攻撃やらが効かない魔物が出るなんて、このあたり一帯でなけりゃ、そんなに知られてることでもないからな。それに」


「それに?」


「俺も止めたんだよ。今、マニエーレヴに進むのはよせ、って」


 うん?


「それって、少し待てば魔物は消える見込み、ってことですか?」


「……そっち方面から引き返してきた、C級冒険者の体験談でな」


 その冒険者は、戦闘能力それ自体は大したことがないものの、視力と瞬発力の高さで状況把握に務めるのが主な役割だった。先遣隊として様子を見に行ったり、単独で高地に登って俯瞰したりするのを得意としているという。


 彼を含む冒険者パーティーが、マニエーレヴへ向かう商人を護衛しながら移動した時のこと。


 サブレネフからマニエーレヴへ向かう街道を、だいたい三分の二ほど進んだところに、周囲が開けた場所がある。きれいな水が湧き出る泉もあり、途中休憩に最適の場所だということで、全員が交替で休むことにした。


 ところが、休憩して数分とたたないうちに、得体の知れないものが出てきたという。少なくとも生物ではなく、したがって魔物と表現しているけれど、果たして魔物なのかどうかさえ怪しい。ひとまず、剣を取ったり盾を構えたり攻撃魔法を打ち込んだり、冒険者がいろいろ対応するが、何の手応えもない。


 彼は、その場から少し離れる。意味不明な状況が発生している場合、その状況の発生源が近くにあることが多い。その発生源を叩けば、状況は収束する可能性が高い。逆に、その発生源を的確かつ速やかに発見できるか否かが、重要となる。まさに、彼の役割だ。


 ところが、そこで彼が目の当たりにしたのは、全くもって理解不能な光景だったという。


「戦闘に参加している連中は、それぞれ冷静に対応していたんだよ。剣がダメなら別の武器を、武器がダメなら拳なり足技なりを、ってな。でも、全くダメージが通らねえ。魔法も同じだ。しかも、その得体の知れない連中が、どんどん増えてくるんだよ」


 さらに、その魔物とやらから受けるダメージもまた、見たことのないものだったという。


「体の一部が取り込まれるような感じに見えても、何の変化もない。でも、それが四回、五回と繰り返されていくに連れて、その人間の動きがだんだん鈍くなっていく。そして、なぜか体の輪郭がボンヤリするようになって、ゆっくりと、空気に溶け込むように、消えていくっていうんだ。商人たちはそれを見ただけで失神して、やっぱり魔物の餌食。結局、腰を抜かしながらも、何とかそいつだけが帰還したってわけさ」


 しかし、サブレネフに戻った彼の報告を聞いて、ギルドが冒険者を現地に派遣してみると、そこには商人や護衛たちの身体や身に付けていたもの一切合切が消滅していたという。しかし、商人たちが運んでいた荷物や金銭、食料などは、全てが手付かずで残されていた。


 面妖な話だけど、おおよその見当はついた。新たに加わった三体の霊に気を向けてみたけれど、どうやら彼らの考えも、ほとんど同じらしい。


 そして、わざわざギルドマスターが、ここまで話してきたということは。


「つまり、くだんの“お化け”に対処できたわたしなら、その魔物らしきものをどうにかできるかもしれない。その場合、聖職者なんかは、むしろ邪魔だから、現地へ先行して、そいつらをどうにかしてほしい。そういうことですか」


「察しがいいね。有り体にいや、そういうことだ」


 それくらいはわかるけど、でもさ。


「それ、昨日デビューしたばかりのGランク冒険者に依頼する内容ですか? しかも、いきなり指名依頼って」


 ギルドから冒険者が受注する依頼の中には、特定の冒険者を指名して依頼がなされるものがあり、これを指名依頼という。上位ランクの強者や、ある分野のスペシャリストが指名されることが多い。


「冒険者ってのは結果が全てだ。新人もベテランも関係ねえ、実力があると見込んだ者に依頼しているだけだ」


「それに、指名依頼を断ったら、ランクが下がると聞いたんですが、そうするとわたし、失格になっちゃうんですけど」


 冒険者ギルドからの指名依頼を正当な理由なく拒否すると、そのランクが一つ下がるというルールがある。


 そして、Gランクの者がランクダウンのペナルティーを受けた場合、冒険者として失格になり、二年だか三年だかは再登録できないというルールもある。


「いや、大丈夫だ。嬢ちゃんはもうFランクに上がってるから」


「はい?」


「長いこと誰も手に負えなかった案件を、独りで、しかもたった一晩でクリアだろ? こいつはもう、即時ランクアップの要件を満たしてるからな。この実績だけならEランクでも構わないんだが、霊以外の戦闘経験がまるでなさそうだし、それ以上にするのは控えさせてもらった。だから、ランクについては心配ねえ」


 何だろう、一日でランクアップってすごいことなんだろうけど、ちっとも嬉しくない。


 そもそもあれは本来、冒険者がやる仕事じゃないだろう。どちらかといえば聖職者マターの仕事だと思うし、実際に真正教合性派では、そういう儀式を取り入れているし。ただし、聖職者が実際に浄霊できるかというと、必ずしもそうでもないんだけど。


「ちなみに、その妙な魔物以外、特に物騒な動きはないらしいから、道中は大丈夫だ…………………………たぶん」


「その長い溜めは何ですか」


 ハイリク村からサブレネフまでの間を、わたしが単身で移動したのは、人通りが盛んで安心な経路だって知っていたからだ。ここからマニエーレヴまでの区間については、信用できる情報を集めているわけじゃないから、判断のしようがない。


 かといって、そのために護衛を付けるというのも、ちょっとどうかと思う……護衛……護衛ね……。


「そうだ、聖職者グループの護衛をしていた人って、いますよね。その人たちとわたしが一緒に様子を見に行く、ってのは、どうでしょう」


 教会に属する人が雇っている護衛なら、妙なことをする可能性は低いし、契約に対してはキッチリ対処するだろう。それに、このギルドで情報を収集したってことは、冒険者だろう。同じ冒険者に対して騙し討ちのようなことをすると、ペナルティーが大きいから、その点でもリスクは低くなる。


「その上で……」


 いくつか条件を提示したところ、彼はそれをいずれも承諾した。別に、難題をふっかけたわけじゃなくて、事前の準備や情報の整理ができるようにお膳立てしてもらっただけだ。


 あ、前回の報酬はもちろん、しっかりいただいたよ。


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次回は2022年1月1日(土)投稿予定ですが、ストックが皆無となっており、予定を遂行できるか微妙です。

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