2-11.女の勲章

「レーニャさん、依頼を完了しましたので、確認をお願いします」


「……はい?」


 朝、太陽がもう完全に上がりきった時分だけれど、わたしは冒険者ギルドへ足を運んだ。


 これまでお供をしていたフェリットに加えて、スタニスワフ、ヤン、ヤコブという元人間の霊三体が加わったから、割とにぎやかなパーティーになっている。念のために、一定以上の霊術師が、それと知って意識しない限りまず見えないようにマスキングしているから、他の人にはまず見えない。


 つまり、たった独りで、ギルドに戻ってきたと映るわけで。


「もう、ですか?」


「だって、現場はすぐでしたから。あ、“お化け”の正体、霊でしたよ」


「霊? あの、それって」


「ええ、大半は消滅しました。三体ほどがその場から移動しましたが、人に害をなすことはまずないと思います。幸い、わたしが聖水をかなり持っていましたので」


 “お化け”の正体が霊であるのは事実だ。三体は今でも残っているけど、わたしの側にぴったり寄り添っているし、わたしに危険が及ばない限り、何もしないはず。そしてわたしは、霊を滅することのできる聖水のストックを、かなり持っている。使ってないけどね。


 つまり、説明の内容には、嘘はない。嘘はないけれど、素直に受け取れば、わたしが霊術師として浄霊したようには、とても聞こえないだろう。


 このような説明をすることにしたのは、主にヤンの提言による。もともと、霊術師というのは数が少ないから、もし冒険者として身を立てていくなら、ある程度経験を積んで、その技術が求められるようになってから示す方がいい。そうでなければ、不慣れなうちにランクが上がってしまい、分不相応な依頼を受けることになりかねない、と。


 なるほど納得。そして幸い、わたしは聖水を作れるし、一応は聖職者の端くれでもある。霊術師ということを明らかにしなくても、聖水を作れることについても、霊に対処できることについても、説明が付く。


 ちなみに、“お化け”を霊と認識するということ自体は、特に隠す必要もない。霊能力が非常に低くても、霊を見ることができる人はいる。そもそも、訪れる人の気分や体調が例外なく悪化するという事象から、霊の仕業という仮説を立てることも、そう不自然なものではない。


「そうですか、聖水使いの方でしたか。いえ、わかりました。それでは、採集されたデリゼッゲは、左手の低いカウンターにお持ち下さい、そちらで検品させていただきます。その間に、依頼完了の確認と実績判定をさせていただきますね」


 入口正面にあるカウンターは総合受付のような位置付けで、その脇に低いカウンターがあり、ここで採取物などを引き渡すシステムだ。今回は、採集そのものが依頼なので、引き渡しそれ自体には金銭のやり取りは発生しないけれど、例えば野獣や魔物などを駆除した場合、それは冒険者の財産となり、それをこの冒険者ギルドで買い取ってもらうことができる。他の業者に売却することもできるけど、ギルドでの販売記録も残るから、実績を積むには、ギルドに引き渡すことが多いそうだ。


 カウンターでデリゼッゲを見せると、カウンターで査定を担当している人に、これだけ質のいいものは久しぶりに見る、と驚かれる。あまり詳しい知識があるわけじゃないけど、デリゼッゲの葉を乾燥させたものは健胃剤に、茎を煎じたものは鎮静剤になるんだっけか。やはり、例の“お化け”騒動で、良質のものが採取できなくなっていたらしい。


 ほどなく、レーニャさんから声がかかる。


「ヤーセミンさん、依頼の完了を確認しました。それで、お手数ですが、こちらへ来ていただけますか」


 なんだなんだ。また、揉め事にでもなるの?


「用件は? 何か、不備があったとでも?」


 感情が表に出ていたと思うけど、それは仕方ない。隠す必要もないしね。


「いえ、そういうわけではありません。完遂と判断しましたので、報酬も満額お支払いできます。ただしその前に、お話ししたいことがありまして」


「報酬払いの前に、って、どゆこと?」


 報酬についても、お支払いいたします、じゃなくて、お支払いできます、ってのが気に食わない。報酬を人質に取って、無理筋の話を持ち込もうとしているとしか思えない。


 レーニャさん個人に対してどうこう、ではなくて、冒険者という者に対するギルドの姿勢というのが、どうにも信を置けなくなってきていた。


 最初に登録した時のゴタゴタについては、サブマスの暴走と説明できなくはない。そもそもの発端が、わたしが起こした“イレギュラーな現象”だし、それに対応できなかったということだから。でも、その後、事後対応策を始めとしたケジメが付けられているように思えないから、その場をしのいでおしまいにしたいようにしか見えてならない。


「ええ、今回の依頼は、掲示されている難易度とは少し異なるものですので、その説明も含めて、別室でお話ししたいということで」


「別に、そんな説明を聞きたいわけじゃないんだけど」


 それに加えて、この対応だ。この“お話ししたい”というのは、ターニャさん独自の判断ではなく、もっと上、つまり、くだんのサブマスあたりの指示によるものだろう。


 でも、わたしとしては、今回の“依頼”について、自分が体験した以上の情報が欲しいわけではない。それに、さっきの話以上のことを、ギルド側に開示する義務も義理もない。


 だいたい、別室で、というのが、気に食わない。それって、人に聞かれたらまずいってことだよね。そうすると、あの“お化け”の原因、いや、元になっていた事件について、ギルド側が調べていたとか。そんで、“お化け”をあっさり片付けちゃったわたしに何かあるんじゃないかと、いろいろ探ろうとしているか。まあ、そんなとこだよね。


「ええと、ですね。その、追加報酬もご用意できるかと」


「想定していない危険があったわけじゃないし、聖水だってそれほど高いものじゃないし。事前の提示額を払ってもらえば、それでいいんだけど」


 実際には、聖水なんかビタ一滴使っていないけれど、コストがほとんどかかっていないのは事実。生成にそれなりの手間と時間はかかるし、効力を維持できる時間があまり長くないから、わたしのように<ストレージ>持ちでなければ使いづらい。そういうわけで、それなりに高値で売ることはできるけど、自分の判断で消費したものについて、後から請求するってのは、筋が通らないだろう。


 それに、もともとの提示額も、悪いものじゃない。当座の路銀としては十分だ。つまり、それ以上の上乗せがあるということは、それ相応の責務が生じるということになる。つまり、面倒臭いことを抱え込むと言い換えていい。


「そもそも、今回の依頼について、ここで話せないような情報は持っていません。また、わたしの能力について、冒険者ギルドの権限で把握できる以上のことを調査するのは、どう考えても越権でしょう。そんな無体に従えっていうんですか」


 いい加減、イライラしてきたので、口調が荒くなると。


「すまん、嬢ちゃん。そんなつもりはないんだ」


 お、ここで、ギルドマスター……ミコラ・フルィホローヴィッチが出てきたか。まだここに居たんだね。


「すまない、こいつが肝心なことをろくに説明しないで、ある意味、身内第一みたいなことになっちまって。いや、別室で話したいってのはそうなんだが、要件は三つだ。一つ目、先だってのゴタゴタの謝罪と事後報告。二つ目、嬢ちゃんが対処した方法を詳しく聞いて、次にこういう困ったことが起こらんように対処したいってこと。三つ目、嬢ちゃんが“聖水使い”ってのを見込んで、別件で依頼したいことがある、ってことだ。もちろん、嬢ちゃんの方に拒否権はあるし、その場合でも、報酬はちゃんと払う。どうだ?」


「う……はい、そこまで整然と言われれば、逃げ場がないというか……わかりました、うかがいます」


 理路整然というか、こちらが問題と思っていることを適切に示されると、何というのか、それ以上突っ張るのは無理だ。


 そもそも、突っ張ることがベストの方策かというと、そうでもない気もするんだけど。突っ張ることは女の勲章じゃないし、この胸に信じて生きてきたわけでもないし。


 いや、下手に出られた時点で、すぐに素直に応じるというのも、賢明な方法ではないのかもしれない。


 それでも、ことここに至れば、全てを拒絶してこの場を去るか、先方の提案を入れてともかくも対話の座に着くか、その二通りしかないだろう。わたしはとりあえず、後者を選択することにした。


 さて、鬼が出るか蛇が出るか。


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次回は12月28日(火)投稿予定ですが、ストックがほとんどなくなっており、予定を遂行できるか微妙です。

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