2-10.いち、にい、さん、ハイ!

《それでは、改めまして。そうですね……我々は、それぞれ、イェデン、ドゥヴァ、トゥシェとでもお呼びください》


《ちょっと待て》


 その程度のポリュシュ語なら見当はつくぞ、ウクリーン語やルッシュ語とよく似てるから。


《そんな安直な。管理されている囚人じゃあるまいし、数字で呼ぶのなんて嫌だよ。生前の名前じゃダメなの? あと、区別が付きにくいから、できれば生前の職業とか。あ、言いたくないことは言わなくていいから。いや、言うな》


 ハイリク村では、霊にも名前で呼んでたんだよね。人間由来の霊じゃない場合もあるから、そういう場合はわたしが適当に名前を付けてたら、なんだかみんなものすごく嫌な感じになって、こういう名前にしてほしい、ってリクエストされることが多かった。うん、自分がどういうものかを識別することも含めて、しっかりした自我があるっていうのは、霊として安定している証拠で、喜ばしい……のに、なんだかしっくりこなかったけど。


 それはいいとして、彼らがどんな経験を積んでいるのかは、やっぱり知りたい。


 でも、霊というのは、死ぬという経験を積んでいる。死ぬことによって、生前に縛られていたものやつらい経験などから解放されていることも多いし、そういうのをわざわざ掘り返すような悪趣味なことはしたくない。うーん、聞き方って難しいね。


《今となっては、生前の名前など……いえ、ヤーセミン様は、今を生きておられる方でしたね。それでは、わたくしから。スタニスワフ・ディレフスキと申します。元は、貴族家にお仕えする使用人でした》


《お館様、お仕えする者なんてんじゃ、わかりませんぜ。お館様だって、貴族様と大差ないじゃないですかい》


《お前ね……ああ、もう、わかったよ。わたくしは、侯爵家にお仕えしていた筆頭騎士で、侯爵家領内に独自の領地を頂いておりました。そのため、貴族のルールや領地経営などは、一通り身に付けております》


《使用人というか、大規模領主様じゃない》


 ポリュシュでは、国王の権利はそれほど強くなくて、重要案件は議会の承認がなければ動かせず、そもそも国王だっていろいろな貴族が持ち回りで選出しているし、議会で参政権を持つ有力者たる貴族の力が強い。その程度の事は、わたしも知っている。


 それでいて、貴族間では対外干渉への警戒が強く認識されていて、ドゥリス諸邦やルッシュのツァーリに対する警戒心が強いので、軍事行動も多かったはず。その結果、中央の権力が弱いのに、対外的な結束は固まっているという、不思議な状況だったらしい。


 らしい、というのは、ポリュシュ側から来た商人に聞いた情報だ。鮮度は怪しいけれど、それを除けば比較的信頼できる情報だと思う。


 そういった貴族家の、それも筆頭騎士となれば、社会的地位は相当に高い者だったのだろう。村の領主とかいうレベルではないはずだ。


 それに、貴族の世界で修得するのが常識とされている教養やマナーと、わたしが身に付けているそれとは、ものすごい大きなギャップがあるに違いない。そういうのを知る機会なんて、平民の村娘なんかにあるはずはない。いろんなことを学べそうだ。


《そんじゃ次。俺は、ヤン。名字なんていう大層なもんはないッス。割と広い地域で戦争やってた、傭兵の隊長でした。多分、この中では地理に一番詳しいと思いやすぜ》


《へえ、あちこち行ってたんだ》


 田舎育ちで、単なる耳年増に過ぎないわたしには、地理に精通した人はありがたい。名前からは、出自がわからないな。チュキ人かスルヴィ人あたりに多そうな感じだけど。


 長距離を移動する商人にも地理に詳しい人はいるけど、懇意にしてる先の商人の拠点周辺と、街道沿いの治安ぐらいしか知らなかったりすることが多い。行動範囲が広い割には、知識が線レベルに留まっていて、面的な把握ができない人が多いのだ。


 それに傭兵は、当然ながら、戦闘のプロ。そうなれば、地形的な意味での地理にも詳しいはず。どこの山を通る道は安全か危険か、そういった情報を、特に調べるまでもなく身に付けているはず。


 つまり、あちこちを旅しようとするなら、お金を払ってでもほしい人材といえる。傭兵といえば戦闘だけど、身に付けている知識や技能は、それだけじゃない。


《どんな戦闘スタイルだったの?》


《槍を振り回す、まあ正統派ですね。だいたい五十人ぐらいの傭兵部隊を統率してやした。体術強化なんかの魔法も使ってました。霊力の方は完全にゼロでしたが》


 なるほどねえ。戦場で魔法を使うといえば、攻撃魔法でドッカンとか、防御魔法でガシッとか、回復魔法でシャキッとか、そういうのだと思ってたけど、いろいろな使い方ができそうなんだね。わたしじゃ多分無理だけど。


《最後に、わたしは、ヤコブ・ラドリンと申します。伝統派に属する、まあ、従軍司教というやつでしたな》


《あー……さっきの儀式、その、嫌だったかな?》


 浄霊する時の祈祷は、同じ真正教でも、古典派の方法だったんだわ。いや、わたしは伝統派の祭式はよく知らないから、悪手だとは思わないけど、不快な思いをさせたかもしれない。


《生前でしたら、正直、面白くなかったでしょうね。ですが、今は、祈りを真面目に捧げることが、どれだけ美しいか、それがよくわかるようになります。祈りの方法には拘泥しませんよ》


 そっか、安心。


 しっかし、司教とは驚きだ。伝統派では聖職者が完全にピラミッド型の組織階級に定められていて、確か、助祭、司祭、司教、大司教の順に格が上がるんだっけか。そうすると、かなり広いエリアを統括している、つまり複数の教会を束ねる地位にあったということになる。


《生前は、霊に対してはどんな姿勢だったの?》


《わたし自信は、霊を見る力はございませんでした。ですが、ここに霊が居ると言われれば、ためらうことなく聖水を使って除霊しておりましたね。今から思うと、なんと乱暴なことをしていたものかと》


 なるほど、霊術師じゃなくけれど、聖水使いだったわけね。


 深い信仰を持ち徳を積んだ聖職者が聖水を作れるという説があるけれど、あれは完全な嘘。わたしの祖母は純度の高い聖水を上手に作ることができたけど、そもそも唯一神を積極的には肯定していないという人だったし、信仰も徳もあったもんじゃなかったから。


 一応、わたしも聖水を作ることはできる。でも、霊力を安定して放出するために訓練をする際、副産物としてできる作っているだけ。その結果、聖水自体は<ストレージ>にどっさり用意してあるけど、今のところ、使い道がない。


 悪霊を祓うなら、普通に除霊の儀式を行うだけで間に合っている。もっとも、悪霊が大量に発生している状況に対処する場合などは、聖水を設置して相手の行動を束縛するなど、事前準備のための付加アイテムとして使うことが考えられるけど、幸い、まだそんな機会はない。


 消極的な利用法としては、アンデッドのように誰にでも見える状態になった悪霊を祓う際、霊術師であることを知られずに対処できるというものがある。こんなんでも、一応は輔祭の資格を持つ聖職者の端くれだから、聖水を作れるといってもおかしくもなんともない。きちんと調べたわけじゃないけど、霊術師よりも、聖水を作れる者の方が多いと思うから、霊術師であることを知られたくない場合など、隠れ蓑にできる。


 ちなみに、真正教教会の儀式でも聖水というのを使うけど、あれはまた別。あれは、化学的にはただの水で、霊に対してダメージを与えるものじゃない。


 しかし、大領主、傭兵隊長、司教。豪華で、なかなか濃いメンツではあるわな。それも、社会的にかなり力を持っていて、配下や部下を指揮していたわけで。


 考えてみれば、わたし、そういうリーダー的な人と触れたことってなかった気がする。ハイリク村なんて、職業や資産による社会的地位の高低はあったけど、ある者が声を掛ければ一斉に皆が動く、なんてことはなかったから。いや、よくもってたよね、あの村。


《それで、本題。生前のあなたたちに比べると、わたしなんか、霊術を少々使えるだけの、小娘。そんなわたしは、特に目的地を定めず、とにかく、いろいろなところを回って、いろいろな町を、いろいろな人を見たいなと思ってる。その過程で、知っておくべきこと、知っておいたほうがよいこと、いろいろあると思うんだ。そういうのを、教えてください。お願いします。それから、今後、敬語は抜きで》


 ぺこり。


 さっき、フェリットに指摘された点。いちいちムカつくけど、残念ながら、自覚はある。治そうと思って治せるものじゃないかもしれないけど、それなら、事前の対処、対策を施せばいい。


 幸い、彼らは、遠く離れた場所からここに来たわけで、つまり、経験が豊富ということになる。しかも、人を使う立場にいたから、ものを俯瞰的に見ることができるはずだ。


 あと、少なくとも当面、従属契約を結ぶつもりはない。フェリットは一年以上の長い付き合いを経ているし、それぐらいは見届けないとね。


《わかりま……わかった。それでは、わたしから質問だが。目的のない旅ということだけれど、旅に出た理由、あるいは原因というのは何かな?》


《うん、それがね、すっごく頭にきたことがあってさー》


 経緯を、詳しく細かく説明すると、みんな黙って聞いてくれる。



 んっ、みんな、理解してくれたみたい。誰も、何も言わないということは、質問も何もないってことだもんね。


 それなら。


 生身の人間なら、ホンネでの回答をまず期待できない、あのポイントを知りたい。


《そういうわけでね、一番聞きたいこと。わたしの、この眼……虹彩異色って、社会的にタブーになってないかな?》


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イェデン、ドゥヴァ、トゥシェは、いずれもポーランド語で一、二、三を指します。なお、現代のロシア語およびウクライナ語では、オーディン(ウクライナ語)/アディン(ロシア語)、ドゥヴァ(両方共)、トゥリ(両方共)となり、よく似ています。これらを知っていれば、さすがにピンとくるはずという設定。

次回は12月25日(土)投稿予定です。

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