2-7.霊との対話

 霊というものは、物理的な質量を伴うものじゃないから、本来、その形状を特定することはできない。変幻自在なのだ。それでもなぜか、霊を視た場合、それは生前のものを形どって目に映る。恐らく、死亡する直前の容姿についての情報が霊に焼き付いていて、わたしのような霊術師はそれを認識するということなのだろう。


 だから、霊がその意思を持てば、霊術師に対して、姿を変えることができる。脇に居る使役霊のフェリットだって、前世は犬だったけど、わたしが希望すれば人間になってくれる。イケメンを侍らせて悦に入ったこともあったけど、虚しくなってすぐに止めさせたなあ。


 そして、わたしの目の前に居るのは、人の形をした霊が、ずらりと雁首並べて。いや、みんな正座して、平伏してる。で、リーダー格の霊は、片膝を地面について頭を下げ、右手を胸に当てている。


《あの、どうしてそうなるの? わたし、あなた方を従えるつもりなんかないんだけど》


 これは本心だ。


 もともとわたしは霊に好かれる体質のようで、生まれ育った村でも、いろいろな霊と良好な関係を築いていた。それもあって、初めて対面する霊に対しても、まずは対話可能かどうかを見極めて、それから対処するようにしている。問答無用で除霊するのは好きじゃない。だって、生身の人間だって、悪人は全部処刑しろ、なんてならないでしょ。最低でも、事情聴取ぐらいするよね。


 まあ、こういう穏健な穏健な発想をしてるから、霊があまり警戒せずに済んで、だから懐かれるのかも。


 それにしても、対話が成功しただけで、こんなに無条件で服従の意を示させるのは、おかしい。だって、霊力を見せてさえいないんだよ。


 霊たちは顔を見合わせてから、回答をリーダーに一任したようで、彼がこたえる。


《わたくしが代表して説明させていただきます。それは、貴女様は》


《わたしの名前は、ヤーセミンね。駆け出しG級冒険者よ。こっちは、使役霊のフェリット》


《ども》


 静かになったら、フェリットもやっと冷静になってくれた。


《G級!? ……いえ、ヤーセミン様。我々は、本来ならば邪霊、悪霊として、問答無用で攻撃されるべき存在ですし、実際、数え切れない攻撃を受けてまいりました》


 そうだろうね。だからこそ、誰にも達成できそうにない依頼として、冒険者ギルドで塩漬けにされていたんだから。わたしの尺度では、邪霊でも悪霊でもないけどな。


《でも、貴女様は、このような我々に対してでさえ、話かけてくださり、あまつさえ、あのような音楽を、踊りを見せてくださいました。あれを見た瞬間、我々は……われ、われ、は……》


 あ、涙ぐんじゃった。しばらく声が出そうにないな。仕方ない、話を引き取ろうか。


《だいたい想像はつくかな。推測になるけど、あなた方って、ポリュシュの人でしょ。あなた方の歌や踊りで思ったんだけど、霊になった後も、故郷を思っているか、思い出しているか。そういうところじゃないのかな》


 推測とは言っても、確信はあった。


 わたしは多くの言語を勉強はしたけれど、ポリュシュ語のような、こういってはアレだが、それほどメジャーとはいえない言語まで網羅して使えるわけではない。格変化や語尾に特徴がある、という程度だ。もしポリュシュに行くことがあっても、少なくとも当面は、現地語じゃなく、お偉い方が相手ならドゥリル語のようなメジャーな言語でやり取りするつもりだった。庶民なら、母語のひとつであるウクリーン語が通じそうだし。だから、言語だけを根拠にしていたわけじゃない。


 確信の決定的な根拠になったのは、彼らの内に“残してきた者への未練”を感じたこと、そして、この近くで大規模な戦争が起きていたという知識だ。


 死亡した生物の霊は、通常はこの世から消滅する。正確には、生物は死亡と共にその意思を閉じ、霊としての実体を失い、永遠の眠りに付くとされる。しかし、この世に未練がある場合、その念の強さに伴って霊体として残ることがある。この念を、一般的に未練と呼ぶ。


《こうして会話が通じているとおり、わたしは一応霊術師の端くれ。あなたたちが、今でも未練を持っているのはわかる。それも“暖かい未練”を》


 未練といってもいろいろあるけれど、マイナス方面に振れる未練がけっこうある。もっとうまいもん食っておけば良かったとか、あのねーちゃんと一緒になりたかったとか、そのぐらいならまだいい。ひどいのになると、あの村の連中を全員皆殺しにできなかったのが悔やみきれないとか、そんな物騒なのもある。程度の差はあるけれど、わたしは便宜上、こういうのを“冷たい未練”と呼んでいる。


 これと対極にあるのが“暖かい未練”だ。慈悲や愛情をベースとした未練は、美しさともどかしさを併せ持つことが多い。家族や子供を案じているケースなどがこれだろう。


 そして、目の前に居る彼らの未練は、まさにこのパターンだ。ただし、大半の霊からは、個々の人物に対する未練ではなく、故郷やそこの安全などに対する未練を感じたのに、ちょっと引っかかりはあったが。


《それで、直接の原因は、たぶん、ディセルフ戦役での戦闘よね》


 軍とか戦争とかとは縁のない庶民でも、比較的近い場所で発生した戦闘のことぐらいは、漏れ伝わってくる。ディセルフ戦役は、ポリュシュ地方のさる有力諸侯が、ウクリーン地方への権益拡大を目指して軍事侵攻したというものだ。このあたりは、ポリュシュ諸勢力、ルッシュ大公勢力、トゥマルク朝勢力あたりが微妙なバランスでにらみ合っているから、すぐに紛争が起きる。詳しいことは知らないけど、ここサブレネフの郊外で大規模な戦争があったということは知っていた。


 まあ、旅に出て最初に会った霊だし、これも何かの縁というものだろう。


《まあ、いろいろと辛かったんだろうし、ここでいろいろため込んじゃったこともあるけどさ。町の方じゃ、あなた方、恐ろしいお化け扱いされてるよ》


《えっ》


《理由は、その、さっきの歌声だと思う。あなた方のその声を聞くと、霊能力が低い人なら、気持ち悪くなるようだから》


 霊たちの経緯を考えれば、同情する余地は多分にあるし、そもそも悪霊じゃないけれど、生きている人様が怖がっているのは事実だ。これはしっかり告げておかないと。


《我々には、そのような意図はなかったのですが……そういえば、敵意のない人が来るとテンションが上がって、みんなで一斉に大声を上げていました。生身の人間には聞こえないものとばかり思って》


《聞こえないんだけど、不快感を催すのよ。今交わしている念話ぐらいなら問題ないけど》


《ボクなんかは、人に不快感がないような念の出し方をしてるから、いいけどね。大声を出したりすると、そういう制御が利かなくなるんだ》


《そうだったのですか。それで、訪れる人に敵意や害意が増えていったのですね。いきなり武器を向けられたり、魔法を仕掛けられたり。我々にはほとんどダメージはないのですが、森が荒れるので、やめてほしかったのです》


 おう、そもそも彼らを霊と認識できる者がいなかったのか。霊には、物理攻撃や魔法攻撃はあまり効かないし、そもそも逃げ足が速いから、ほとんどダメージを受けないんだよ。でも、霊法攻撃を受けたり、聖水を浴びせられたりすれば、ダメージは受けるし、そのまま滅せられることも考えられる。


《話を元に戻すけど。わたしは一応、G級冒険者として、最初の依頼を受けに来たの。一つは、そこに生えてるデリゼッゲの採取。そんでもう一つは、採取を妨害している現象の沈静化。これから先、おとなしくしてくれるなら、二番目はクリアできるけど、でも、わたしとしては、おとなしくせよ、とは言わない》


 これは、霊と会話ができる、わたしの考え、いや、ワガママだ。


 霊体という存在は、本来、この地に残り続けるべきものではない、とされている。霊の扱いについてはさまざまな考え方があって、宗教によっても見解はまちまちだけど、たとえ霊術師とはいえ、生身の人間が視認できる霊は、イレギュラーなものという認識で一致している。だから、霊を確認しだい、一律に祓うべきという声もあるし、わたしもその意見を否定する根拠は持っていない。


 それでも、ね。自我があって、意識があって。そして、生身の人間に悪さをしない。そういう霊体は、これまでたくさん見てきた。そして、彼ら彼女らと触れあうことで、わたし自身も、随分と成長できたと思っている。


 だからこそ、霊術師として、わたしは彼らに対して、選択肢を与えたいんだ。


《あなた方が取るべき選択肢としては、三つあると思う。一つ、このままでいること。二つ、この場所に居るけれど、今後は大声を出さずに静かにしていること。三つ、この場所から移動すること》


 一つ目の場合、わたしの依頼は失敗扱いになるけど、それはどうでもいい。わたしが霊術師ということは知られていないみたいだから、“お化け”の精神攻撃をなぜか耐え抜いたという合理的な説明を用意する必要はある。ただ、今後も冒険者が来る可能性もある。そして、彼らの正体が霊だと知られれば、霊術師や聖水使いが向かわされることになるだろう。あまり明るい未来はない。


 二つ目の場合、ひとまず解決にはなる。でも、彼らがここの場所で理性を保ち、悪霊化しなかったのは、大声で歌って踊ることによって精神の均衡を保ってきたためと見て間違いない。それなのに、わたしの求めに応じて無理に沈黙を決め込んだりしたら、悪霊化するのがオチだ。そんなこと、誰も望みはしない。


 だから。


《お勧めは、三番目だね。例えば、そう。ここに、旅の途中の女の子がいます。道案内とかいてくれると、安心できるかなって考えてます。ゆくゆくはクレスニフの方にでも行ってみたいなと思って》


 クレスニフは、ポリュシュ最大の都市で、王国の議会が置かれているほか、この地域で唯一の大学がある。大学というものを、一度は見てみたかったしね。あ、コンスタン大学は却下な。


《クレスニフ、ですかっっっ!?》


 おおおう、すごい食いつき。


《ひょっとして、あの辺の出身なの?》


《はい! 我々、クレスニフのすぐ隣、デヴォルミツェという町の者です! お願いです! お供させてください!!》


 感動で打ち震えている。うん、帰還したいという思いは、痛いほど伝わってくる。


《わたしはこれからのんびり移動するだけだから、ぞろぞろ一斉に移動することになるけど、あまり騒がないのなら、いいよ。ただ、ここから動けるのが前提だけどね》


 霊には、自分の意思で自由に動ける自由霊もいれば、ごく限られた範囲の中でしか動けない地縛霊もいる。さらに、事実上の主から離れられない背後霊、その他いろいろいるけど、要は、この場から動けないかもしれない、そう思ったわけ。


 すると霊たちは、うーん、と考え込む。


 あれ? 動けるかどうかって、自分たちではよくわからないのかな?


 ややあって、一体が声を出す。


《ヤーセミン様。おら、浄霊していただきたいですだ》

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