2-5.お化けさんこんにちは

 冒険者ギルドでいきなり出鼻をくじかれた感はあるけど、初めての町ゆえの洗礼と思えば、どうってことはない。身に危険が迫ったわけでもないし、こういうことは今後もたくさんあるのだろう。


 ひとまず、ギルドの掲示板に張り出されている依頼内容をチェックする。依頼内容の詳細を知りたい場合は、受付に行けば詳しく教えてくれる。テキストが読めない場合も、受け付けに持っていけば解説してくれるが、この場合は有料になる。このあたりは、レイトン文字とクリニーギ文字という二種類の文字が混在しているので、識字率は低いのだ。わたしは一応、主立った文字の使い方や読み方はわかるし、この地方で主流のウクリーン語なら自由に使えるから、そこは問題ない。


 超初心者のわたしは、Gランクとなっている。冒険者は、その習熟度に応じてランク分けされており、Dランクなら専業冒険者として自立可能、Cランクなら冒険者として一人前、Bランクなら凄腕冒険者、Aランクならその人物の所属する国で最強扱いになる。なお、Aランクの上にはSランクってのがあるけど、これは定員外というか規格外というか、人間離れした伝説的な強者らしい。まあ、わたしには縁の無い世界だけど。


 Gランク冒険者は、戦闘が前提となるような危険な依頼は受けることができず、雑用、あるいは安全な場所での採取などの作業のみが対象となる。そういった依頼を着実に遂行して実績が確認されて、Fランク、Eランクと上がっていく。まだるっこしいけれど、分不相応な自信家が多い若手冒険者に対して、ストッパーを用意する必要があるのだろうという程度の見当はつく。


 雑用を積み重ねるのが常道らしい。便所掃除などはポイントが高いらしく、<消臭><滅菌>などの生活魔法を使えばすぐに終わりそうで楽そう。そう言ったら、フェリットが猛反対したので、断念する。生前は犬だったから、そういうのは無理か。


 そうなると、どうしようかねと、掲示板を見ると「等級不問」というのがあったので、ざっと目を通す。


 薬品製造に必要な草木類の採取、および、それを妨害している現象の沈静化、というのが依頼内容。等級不問の割には、支払われる報酬が高く、功績見込み指数もかなり大きい。この功績見込み指数というのは、ある依頼を完全に達成した場合に見込まれるポイントのことで、これを貯めることで上位へランクアップできる、というものだ。ただし、Cランク以上になると、ポイントではなく個々の実績で判断されるらしい。


 ともあれ、悪くなさそうなので、これを受付カウンターに持っていく。


「レーニャさん、これお願いします」


「あ、はい。初めての受任ですね。えっと……え、これですか?」


 いささか妙な反応を示す。


「あの、この依頼に何か?」


「いえ、その……この、デリゼッゲの自生する場所って、あの……出る、らしいんですよ、たくさん」


「出る? 何がですか?」


「その、お化けが……」


「お化け、ですか」


「はい。危険度自体はそれほど高くないと思われるので、ランク制限はないのですが、新人の方がこれにトライされては、這いずるようにしてボロボロになって帰ってきて、もう冒険者は嫌だと廃業されるケースまであって。結局、このようにいつまでも残っているのです」


 ああ、聞いたことある。ハズレ依頼っていうやつだね。


「あれ? 危険度が高くないってことは、攻撃力の高い野獣や魔物が襲ってくるとか、地形的に厳しいとか、そういうのではないのですよね?」


「ええ。あまり要領を得ないのですが、とにかく不気味な“お化け”が出るらしくて。それのおかげで、誰も近づけないのですよ。報酬が高いのも、失敗が重なったために、だんだん引き上げられていったからなんです」


 ふむ。お化け、ね。


「誰も近づけないのに、ランク制限がないのですか?」


「一応、片手間にやってやるぜ、と、Bランクの方が受けられたこともあるのです。でも、翌日に真っ青な顔をされて、俺はお化けダメなんだ、と言われて。依頼は失敗なのですが、ケガを負ったわけでもなく、そもそも、どう危険なのかのかもわからないのです。ですから、実際の難易度とランクの関係が説明できないため、等級不問になっているのです」


 そっか。だいたいわかった。


「うん、決めました。これ、お願いします」


「あんた、正気ですか!?」


 失礼な。


「少なくとも狂気ではないと思いますが。ところで、その“お化け”対策自体は、依頼になっていないのでしょうか」


「あ、それは……少々お待ちください……えっと……あっ、はい。この“お化け”の鎮撫の依頼も、一応ございます。ただし、三年前のものですが」


 三年前って。もう、依頼した本人自体、忘れてるんじゃないのか。


「取り下げられてはいないので、今でも有効ですね。あまりにも古いので、スペースの関係上、掲示板から剥がしただけで、依頼自体は生きています」


 冒険者の目に付かないようにされている依頼。それって本当に、誰にも相手にされなかっただけなのだろうか。


 いや、それでも、お化けってのが、気になる。見てみたい。いや、そのお化けとやらに、会いたい。


「そちらの依頼が“鎮撫”ということは、人に迷惑を掛けないようにおとなしくさせる、無用な警戒心を抱かせない、そうすれば目標達成ということでよろしいのでしょうか」


「え、ええ……でも、そのお化けに会うと、取り憑かれるとか、呪い殺されるとか、いろいろと……」


「中途半端な伝聞情報は、相当に割り引かないといけませんよね。よし、決めました。この“お化け”の鎮撫と、デリゼッゲの採取、この二つを受けます」


「……あの、わたしの話、聞いてました?……」


 うん、初心者向けの依頼じゃないから、やめとけよ、と言いたいんだね。受付嬢の立場ならそうなるだろう。でも、やっぱりデビュー戦だし、ここはひとつ、面白そうなものに手を着けたいんだよ。


「ええ、それはもう、しっかりと。そゆことで、これ、お願いします」


「……はあ……」


 もう、ため息を隠すつもりさえないようで、受付のレーニャさんはガックリと肩を落とす。あたしゃ、そこまで信用ないんかい。まあ、信用を稼げる機会なんてなかったんだから、仕方ないっちゃ仕方ないか。


 レーニャさんはまだ何か言いたげだったけど、気にせずにギルドを出る。


 目的地へ揚々と歩いて行くと。


《何の準備もしないで歩いているけど、いいの?》


《まあ、何とかなるでしょ。採取物の収納はほぼ無限大だし、“お化け”の正体もあらかた見当がつくから》


 使役霊のフェリットが、心配そうに声を掛けてくる。わたしのことを大事に思ってくれるのはありがたいけど、ちょいと過保護だとは思う。


 聞いた情報を信用するなら、魔物も野獣もほとんど出ないらしい。そして、“お化け”を怖がって、人もほとんど近付かないらしい。


 そうなると、“お化け”は、少なくとも結果的に、その場所かを守っている形なのだろうという見当はつく。つまり“お化け”以外なら、危険はほぼない。それなら、対処は難しくないだろう。


 目的地は、町から歩いてすぐのところにあった。こんな場所に“お化け”の発生地があって、でもここに近寄らなければ“お化け”を気にする必要はないのだから、町の人にはほぼ害はないということだ。


 つまり、本性としてはそれほど凶悪なものじゃない。でも、守ろうとする対象へ接近しようとすると、牙をむく。そういったところだろう。


 そう思いながら森に踏み込んでみたわたしは、そこに広がる衝撃的な光景を見て、思わず脱力した。


 樹がそれなりに茂っている、比較的明るい森の中に、デリゼッゲが群生しているのは、目視で簡単に確認できる。特徴も合致しているから、間違える心配はない。難なく採集できる。


 問題は、その脇で。


《イェーイ! オウ、今度はキュートでナイスなガールが来たじゃんかヨ! ヘッヘーイ、気分思い切り上がるジャーン! ソーッレ、いっちょ歌おうぜェーッ! 野郎共、イイカーイ!》



 いったい何だ、これは。

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