2-3.冒険者ギルドでいきなりのトラブル

 旅に出て二日目。朝食を取ってしばらくしてから、冒険者ギルドへ向かう。


 やっぱりワクワク感もあって、もっと早くに行こうと思っていたけど、宿のおっちゃんに止められた。


「朝一番だと、いい依頼がないかって、本職の冒険者がわんさと集まっているぞ。どうせ最初は登録手続やら説明やらがあって、すぐには動けねえんだから、人の波が落ち着いた時分に行く方がいい」


 町を歩くと、すでに仕事を始めている人も多いみたいだけど、お店なんかはまだ開いていない。開店準備中といったところか。いろいろな種類のお店が並んでいるけど、そういう店で日銭を稼ごうとしたところで、商品知識がきちんと頭に入るまでは即戦力にならないし、そうなると結局は丁稚奉公から始まるわけで。


「根性のないことにかけては自信も定評もあるわたしに、そんなの務まるわけないじゃない!」


《胸を張っていうことじゃないと思うよ》


 使役霊のフェリットが、ぼやくようになんか言ってるけど、それはさておき。


「これが冒険者ギルド……」


 石積みのガッシリした、二階建て。両隣がシンプルな木造の家だけに、なかなかの存在感だ。


 むくつけき益荒男共ばかりが出入りしているものかと思ったら、細腕の男の子や女の子も少なくない。うん、わたし一人でも大丈夫だろう。


 玄関のドアを開けると、からんからん、とドアベルが鳴る。中に居る人たちが、こちらをちらりと見る。ほとんどの人はすぐに視線を戻すけど、何人か、ジロジロ見てくるのもいる。よそ者だし、その程度は織り込み済みだ。


 正面のカウンターにお姉さんが座っているので、声を掛ける。


「すいません、初めての者なんですが」


「ようこそ。どのようなご依頼でしょうか」


「いえ、依頼じゃなくて、冒険者に登録したいんですけど」


「はあっ!? ……いえ、失礼致しました」


 なんだよ、その反応。


「あの、わたしじゃ不適格なのですか?」


「いえいえ、それでは、いくつか質問をさせてください。答えたくないものは答えなくて構いませんが、虚偽申告はしないようにお願いします」


 名前、性別、これまでの職業、使える武器や魔法、いろいろな素材に関する知識、文字の読み書き、などなど。紙に書く内容のものもあったけど、一応アピールもこめて、項目ごとに違う言語や違う文字で書いてみる……けど、ちっとも見やしねえよ、このねーちゃん。


「それでは、こちらのガラス板の上に、血を一滴垂らしていただいた上で、指を開いた状態で手のひらをかざしてください。そうすると、冒険者として登録されます。なお、さきほど申告された内容が、登録時点での情報として記録されます」


 言われたとおりに手順を踏むと、ガラス板が真っ白に輝き、その白い光がギルドの受付を取り囲む。


 へえ、冒険者登録って、こういう風にするんだ、と思っていると、お姉さんが真っ青になってガタガタ震えている。


「あの、何か、不手際でも?」


「……な、な、なななななな……」


 あの真っ白な光、何かヤバいことだったのだろうか。うわあ、ヘタ打ったかな。周囲の冒険者たちもこっち見てるし。それも、ガン見じゃなくて、チラチラと視線を向けてる。あれ絶対、あまり関わりたくはないけれど気にはなる、っていう態度だ。


 すごく居心地の悪い状態がしばらく続くと、カウンターの奥にある事務室から、男性の職員が出てくる。


「おい、今こっちで、何か白く、ピカーッと強く光ったようなんだが、何があった?」


「あ、サブマス、そ、その……新規、登録で……」


「……ふむ……ふむ……何っ! ……えっと、お前、こちらに来い!!」


 かちん。アンタにお前呼ばわりされる覚えはねえんだけど。


「恐らくギルドの職員さんでしょうが、名前も立場も知らない方から、理由も提示されずに付いていくわけにはまいりません。明らかにできないのであれば、わたしはここでの登録は諦めますので」


 感情面はさておき、はいそうですかと、安易に応じるわけにはいかない。毅然と答える。こういう半公的な場所で、態度のデカい者に唯々諾々と従うのは、よろしくないだろう。その程度の認識はある。


 お姉さんがサブマスと呼んでいたから、サブギルドマスターだろう。このギルドに所長クラス、つまりギルドマスターが配置されていればナンバーツー、そうでなければここの責任者だ。そういう立場の者が出てきたとなれば、何かまずい事態に至った時、向こうも引っ込みがつかなくなる可能性が高い。その場合、都合の悪いこと一切合切、闇に葬ろうとするだろう。どこの馬の骨ともしれない小娘を込みで。


 そして、現段階では、あくまでも冒険者登録の手続の途中であり、身分的にも拘束されるいわれはない。冒険者として不祥事があったのなら相応の責務を負うのだろうけど、まだ冒険者でさえないのだし。


「おい、何だ、その言い草は。サブマスの指示に従えないってのか」


「サブマスさんとおっしゃるのですか。わたしはヤーセミンと申します。田舎者ゆえ、言葉が足らないことはあると思いますし、その点はご容赦を。ですが、どうして初対面の方の指示に従う義務があるのでしょう? 田舎者にも理解できる程度の“言い草”で教えてくださいな。あ、それとも、こんな小娘に説明できる“言い草”さえない、ってんじゃないですよねえ?」


「き、きっさまあ……」


「やめんかっ!」


 ニヤニヤ笑いながら、あえて挑発してみると、サブマスやらは顔を真っ赤にして、噴火寸前だ。あ、おもろい。さすがに、冒険者登録前の少女に手を掛けようとしたら、大事になるだろう。さてどうなるか、なんてことを思っていると、大きな声が響く。


「ギ、ギルマス……」


「たく、久しぶりに顔を出したら、いきなり何か起こしてやがる。まあ、お前からの話は後でじっくり聞くとして。……スマン、立ち聞きの形になって悪かったが、俺はここのギルドマスターを務める、ミコラ・フルィホローヴィッチだ。さっきの奴は、この場の責任者なんだが、その、少なくとも失礼なことをしたとみえる。すまん」


「あ、いえ、こちらこそ、生意気な口を利いて、気分を害するようなことをしてしまい、申し訳ありません。わたくしは、ヤーセミンと申します。本日、冒険者登録をしたいと思い、うかがいました」


 ギルマス、って言ってたから、ここを担当するギルドマスターっていうところか、クマみたいにガッシリした体形で、それでいて知的な雰囲気もある。さっきの謝罪も、いきなり相手に頭を下げて、その勢いを削ぐ。それでいて、その対象はあくまでも“失礼なこと”に対するもので、それ以上の具体的なことには踏み込まず、自分が負うべき責務についてはノータッチ。


 ふむ、なかなかスマートなやり口じゃない。こういうことのできる人間、嫌いじゃない。だから、こちらも素直に、すいませんと言っておく。


「しかし、どうやらイレギュラーな現象が起きたようだな。すまないが、応接室へ来てもらえないだろうか。冒険者ギルド、ウーマニ統括ギルドマスターの名で、非冒険者の一般人に対して、協力要請以上の行為を行わないこと、明示できない理由による冒険者登録の排除をしないことを確約しよう」


「!? ……はい、けっこうです」


 驚いた。ウーマニといえば、それなりの規模の都市だ。そこを拠点として広域を統括するギルドマスターということは、かなり大きな権限を持っているはず。それがどうして。やっぱり、さっきの白い光が、何か関係しているんだろうけど。さすがに、この眼が気になったというわけじゃないだろうから。


「ほら、お前らも来るんだよ」


 態度のでかかったサブマスさんとやらは、猫の子のように首根っこを捕まれて、ずるずる引きずられている。一緒に、受付のお姉さんも。


 それにしても、白い光、か。


 ギルドでおおっぴらにしていない力といえば、霊力だろうけれど、それが白い光につながるイメージがわかない。


 ま、この段階で、身に危険が及ぶこともないだろうね。


 嬢ちゃんのような新入りが来る場所じゃねー的なチンピラの言いがかりじゃないし、それなりに面白い展開になりそうな気もする。


 トラブルも旅のスパイス。そんな、暢気なことを考えながら、わたしは応接室へ入っていった。


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ギルマスの名乗りから、姓がある=それなりの身分と思われるかもしれませんが、設定上では姓はありません。フルィホローヴィッチは父称です。名乗りの際に父称を唱えており、リアルの現代東スラヴとは扱いがかなり違いますが、この世界ではこうなのだとご了承ください。

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