第2章 #3-2 富田城 籠城?
#3-2 甲斐国 大井郷 富田城 大永元年十一月二十三日 1521.11.23 side今川足軽衆5人組
俺たちは真っ暗になった道を歩き続け、やっと大井の郷の富田城に到着した。
富田城には、城を守る今川兵が300名程詰めていた。
城門が開かれ、なんとか松井山城守貞宗以下、遠江足軽衆560名は一応部隊の態を保ったまま城内に進んだ。
「ああ、疲れた。音を立てないように黙って進むのは本当に辛いわ。」
「松井様、お味方の状況は如何?」
さっそく殿様が囲まれている。
「本陣壊滅となり、前線と挟撃される危険があったため、西に逃れた、儂らより先に着いた部隊はおらんのか?」
「はい松井様が最初です。」
「それは不味いな。この後、兵がこちらに逃れてくるはずじゃ、また武田の追撃もあるやもしれん、まずはかがり火を焚き、今川の兵の目印にしてやってくれ。あと済まぬが、炊き出しの支度をお願いできぬか、午後より合戦となったため、ほとんどの兵は飲まず食わずのはずじゃ。」
「はっ、すぐにでも対応いたします。武田が攻めてきたら如何いたしましょう?」
「この状況で戦えるものでもあるまい。抗うつもりがない旨伝え、儂が直接対応いたす、間違っても、武田のものと出会っても諍うでないぞ。まずは逃れてくる兵の無事を確保するが先じゃ。」
松井様の指示に従い、おいらたちもすぐに城内に灯りのかがり火を付けて回る。
またあるものは、富田の城の者と一緒にかまどに火を入れ、汁と、飯の支度を始める。
せわしなく動き回るうちに、続々と城に兵が戻ってきた。
「おい、大丈夫か、飯の支度がある、中に入って休め。」
具足を付けた兵が続々と入ってくるが、少ししてその流れが途絶え、そこから先は、具足や武器を持たず、着のままの者が増え、その列がずっと続く。
「どうした、武田に追いかけられたか?」
疲れ切った仲間に事情を聞く
「いや、陣の近くで皆降参した。武具と具足を外したものは開放すると言われた。」
「持ち物は無事か?」
「おう、身に着けていた食いもんや銭は無事だった。」
「そりゃあ良かった。ささ、早く中に入って休め。」
俺らはさっき飯を掻き込んだから人心地ついている。なんとかたどり着いた仲間たちを中に誘導する。
「これからどうなるんかなあ?」
おいらは隣の四郎につぶやく。
「駿河から援軍が来てくれねえかなあ?」
「そうだな、いい加減三月も経ったんだ、今川の殿さまもなんとかしてくれるにちげえねえよ。」
二朗左が強く断言する。
「早く駿河に戻りてえな、ここは寒みいし。」
「おい、あれ、荷車じゃねえか?」
道の向こうからゆっくりと、荷車を引いた男たちがやってくる。
「おおい、どうした!」
俺たちは駆け寄って、荷車の男たちに声をかける。
「だれか、城のお侍さんに事付けをお願い出来ないか、俺たちは今川の荷駄隊の者だ。」
「本陣のお侍様はまだ見たことがない、うちの大将なら入っているが?」
「だれでもいい、取り次いでくれ。」
そんなこと言っても、俺ら城番じゃなかったからな
「まあいいや、ちょっと聞いてくるよ。」
五助が富田城留守番役が誰なのか聞いてくると、中に戻っていった。
「お疲れ、まず中にはいいて飯でも食えよ。」
俺らは、一緒に荷車を引きながら城内へ進んだ。
荷駄の者達を飯場へ案内しようとしたところで、五助が、何人かの侍様を伴ってやってきた。あ、一人は松井様だ
「兵糧を運んでくれたと聞いたが、そち達か。」
「はい、上条の本陣にて荷駄を管理しておりました蒲原の岩淵衆のモンでございます。本陣を攻めた武田の手によって、今川が運んだ兵糧すべて、武田に押さえられてございます。」
「よくその荷車を引いてこれたのう?」
「へい、こいつは、今川のものではなく、荷駄衆の荷物だとこいつが言い張って、おれたちゃあ武器も持たない荷駄役だからと見逃してもらえました。」
「みな着の身着のまま城に逃げてくる中、貴重な兵糧を運んでくれてありがたい。」
「そ、それでこの書状を、城を預かる者に届けるようにと。」
懐から書付を出すと、それをうやうやしく差し出す。
「武田め、儂らが富田に逃げ込むことは承知の上か。しかしこれは厄介じゃぞ。詳しく状況を聞きたい、付いてまいれ。」
「ははっ。」
何か大変そうだな。まあ俺らにはどうしようもないよ。
「何をしておる。お前らも一緒じゃ。」
「え?おらたちは松井様の郷の百姓ですが。」
「この城にはもう福島様の家臣衆も含め武士がほとんど残っておらん。百姓とはいえ、郷の者なら裏切りはしまい。顔も知らぬ者よりよほど安心じゃ。付いてまいれ。」
おれらはお互いを見合わせ、あわてて松井様の後をついていった。
「つまり、武田は、兵たちを拘束することなく、具足と武器を取り上げ次第こちらに開放していると。これは他の足軽からも確認済みじゃ。」
「はい、しかし兵糧については、全て鹵獲され、なおかつ富田城の扱いについては、武田より使いの者を後日寄越すと。」
「使いの者と言ったのだな。」
「はい、鎧兜を纏ったお侍様からのお言葉です。」
「馬印は?」
「武田菱ではありませんでしたから、どこの武将かまでは。」
「書付にはなんと?」
「此度の今川殿甲斐侵攻の仕置、ご相談仕りたく候と、花押は多分信虎のものかと。」
「そんな馬鹿な、このような書付を、戦の当日に用意できるものか。すでに勝ったことを前提に文章を用意したか?」
「あっしらにはそこまでは、しかし武田の武将は足軽たちも含め、逃げてくるものを追ってくる気配すら見せませんでした。」
「この状況では籠城しか・・・。」
富田城の留守役を命じられた武将が心配そうに松井様に声をかける。
「武器も持たず、城の蔵には兵糧もない状況で籠城も何もなかろう。」
「それでは、如何いたします。」
「棚草村の足軽衆がおったの、寄れ。」
「「「「「は、はい。」」」」」
おいらたちは恐縮しながら松井様に寄る。」
「ぬしら、儂の書付を持って、駿府の御屋形様に伝えよ。どのような手段を用いても必ずお届けせよ。」
「そ、そんなこんな足軽どもに大切なお役目。雑兵などそのまま逐電されるやも」
「儂の領地の足軽なら、安易に逃げ出しはすまい。郷に帰るにこの機を逃せば、武田がどう出てくるかもわからぬ。どうじゃ。」
「め、めっそうもねえ。おらたちは、松井様の為ならどんなご命令でも。」
「お、おい五助、どんな命令もなんて。」
あわてて口がでてしまう。これはまずいかな。
「はっはっお主、案外シッカリしておるの。名は何と申す。」
「へ、へい、棚草村山八の伝兵衛が三男、三平にございます。」
よ、良かった、無礼打ちされてはたまらん。
「主にこれを託す。書付と共に、これを示せば、殿も無下にはすまい。」
へ、松井様が、小刀をおいらに。
「へっ、こ、こんなものをおいらに。」
「だれが、持っても良い、だが書付と共に見せよ。良いな。」
「へっ、へい。」
「こいつらに糧食を3日分用意せよ。具足は脱げ、行商人として駿河に下るが良い。」
「南の路にも武田が」
そう簡単に駿河まで逃がしてくれるとは思わない。
「たぶんおるだろうな。されど、ぐずぐずすればさらに囲まれよう。駿河に逃れるなら今をおいてはあるまい。」
「そ、それなら松井様ご自身が逃れるのが・・・。」
「うむ、しかし今川の兵はまだまだこの富田に逃れてくるに相違あるまい。福島殿の累系の衆が逃れてくれればまだしも、武田と話を通じさせる武士が残らねば、残りの兵も全て武田の意のままよ。儂が踏ん張るより仕方あるまい。」
ああ、松井様、そんなことまでもうお考えとは、俺は自分の事しか考えてないのに。
「わ、わかりました。ではお役目ありがたく頂戴いたします。」
「そうあわてるな、御屋形様への書付もこれからじゃ。主らはまずは中に入って休め。駿河に付くまで、必死.で動いてもらわねばならぬ。」
こうして、おれたち5人は新たなお役目を頂くことになった。
これで、郷へ帰れる!
・・・・かも?
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