第2章 #3-1  上条河原合戦 敗走

#3-1 甲斐国 巨麻郡 上条河原 今川軍前線 大永元年十一月二十三日 1521.11.23 side今川足軽衆5人組


-話は上条合戦の日に戻る-


「福島様討ち取られてございます~!」

西の山が真っ赤に染まる中、前線で川向こうの武田に向かって槍を構えていた俺たち5人組は、信じられない伝令を聞いた。


「え、福島様が?」


「殿様が前線で戦っていたのか?」


「いや、今川は誰も川を渡ってなんかないぞ?」


「武田も向かってきてないし?」


周りの兵は浮足立っているが、うちの部隊の皆もどうしていいのか分からないようだ。


「どうする。」


「どうするったって敵前逃亡はお咎めがあるし、うちの大将が撤退してくれなきゃ動けんずら。」

すぐに足軽大将の松井山城守様に目をやるが、伝令と怒鳴りあっているように見える。


「やああああああああああああ!!!」


対岸の武田軍が、いきなり前進してきた。あれ、矢だ、こらまずい。


「陰に隠れろ、武田が進んでくる。」


「これは不味いだろう。おい五助、どうする?」


「こういう時はな、大将の松井様をお守りするために仕方なしに後退するんだ!」


「さすが五助、よし棚草村の皆で松井様警護に向かうぞ!」

こうして、仲良し5人組は足軽大将の方向に戦略的方向転換を行った。


「おぬしら、勝手に持ち場を離れては・・」


「松井様、本陣が壊滅とお聞きしました。このままでは前と後ろに挟まれてしまいます。」


「囲まれる前に松井様(とおいらたち)の退路を確保すべく参りました。」


「確かに、よしお前ら、前方の川は危ない。南西に向かって武田方が現れないか先ぶれとして進み、路があれば松井隊はそのまま南西より富田城に向けて脱出する。」


(よし、前線から離れられた!)

「はい松井隊棚草村足軽衆、直ちに退路を確保に向かいます!」


「よし、急いで進むぞ。」


指示通り南西方面に進むが、そちらは本陣の方向、すぐに前方で切り結ぶ怒声が聞こえてきた。


「本陣の周辺は危ないから、南へ迂回してから西に向かった方がいいんじゃないか?」


「ううん、俺たちは南から来たから、武田も南を探すだろう?それより富田城は西なんだから、武田が戦っている間にさっさと西に逃げれば」


「西に待ち構えていたらどうする?」


「どこに向かっても駿河に戻るまでは敵だらけだから同じだよ。」


「そりゃそうか?」


「よし、松井様の所に戻って、すぐに西に向かうよう案内しよう。」


「ああ、こんなとこうろうろして武田に捕まりたくないよ。」

5人組はすぐに引き返すと、自分の隊と合流する。


「南西はダメです。西に西に逃れましょう。早くしないと武田が河を渡れば、はさまれます。」


松井山城守は、猛将ではなく、どちらかというと地方の荘園を管理する気のいい役人といった感じの武将であった。

当然武田の猛攻にさらされて、自分たちだけで持ちこたえる気など無かったので。

「よし、我が部隊は西に逃れる。騎馬衆は馬を降り、ゆっくりと進め、向かうは富田の城じゃ、これから夕闇濃くなるに合わせ、武田の目に止まらぬよう急いで進め~!」


このように、状況を判断して、すぐさま転身出来た隊はまだ良かった。



「本陣崩壊だと!馬鹿を申すな、儂らは猫の子一匹通さぬように川沿いを守っておる、しかも武田は動きもせず目の前におるではないか。」


「し、しかし現実に武田の騎馬が西より現れ。」


「ええい、で儂らにどう動けというのじゃ。前に進むのか退くのかハッキリせい。」


「それが、指示を出せるものが皆本陣で交戦中で。」


「ええいらちがあかん、我が隊は前方の武田に向けて進軍。今川兵は武田に数で勝っておる。挟まれるより前進してそのまま突破するぞ。」

さすが前線指揮官、敵に背を見せる愚を犯すことなく敵陣突破に活を見出すは立派であった。が率いる兵の士気に問題があった。


「やああああああああああああ!!!」


前方の武田軍は、後方本陣への襲撃成功が伝わったのか、いままでジッとして陣を動かなかった足軽隊が、槍を向けながら前進し始める


「ひい」「やあ」「ひい」「やあ」

訳のわからない掛け声と共に、槍を隙間なく向けゆっくりと進んでくる。


さらに後方から騎馬が前進し、馬上から矢を放つ。


数は今川の方が多いのだ、そのまま突撃し囲めば数で圧倒できるはず。


「こちらも前進せよ!前進じゃあ」

武田の軍勢は夕日を浴びてくっきりと照らし出される。その一糸乱れぬ動きとともに駆けられる大声に、兵の動きが乱れる。


前進を命じられた今川の足軽は、河べりに前進する武田と直接あたるのを避けるように、河を渡り切ると、前方の部隊の左右を抜けるように駆けていく。


「お、おまえらそんなことをすれば、」

武田前線の重装槍部隊の背後には、同数の騎馬が陣を張っている。

向かってくる先がわかるなら騎馬上の弓には格好の的、しかもご丁寧に騎馬の横には馬丁が立ち、矢かごを背負いながら控えている。

撃てばいくらでも当たるのだ。


これはたまらない。


「ええい引けい引けい!」

あわてて号令を駆ける。


が、逃げるところは川沿いに逃れるか河に入り戻るかしかない。


反転した今川兵にここぞとばかりに長刀を構えた騎馬軍が背後より迫る。


前線の重装槍部隊も河原直前まで迫る。


「うわああああああああああああああああ」

こうなると今川軍はみなその場から逃げるのに必死で、どちらに進んでいるのかもわからない。


馬上から、また後方の本陣からも武田軍からの声が聞こえてきた。


「聞けい!大将福島殿討ち死!武器を持ち歯向かうものは遠慮なく切る。武器を捨て今川本陣にて下れば、命は取らぬ。潔く矛を納めよ!」

そんな話を聞いているのかいないのか、


あるものは手に持つ武器を放り出して走り出す。


またあるものは、逆に槍を手に騎馬に突っ込み返り討ちに遭う。



段々と夕暮れから暗闇が濃くなるにつれ、本陣前には、


山と積まれた武具を没収する、武田の武者に囲まれた列が自然と出来ていた。

そこから、武装解除して、富田城への路をとぼとぼと歩き始める長い列が西へ続く。


投降しても殺されないという状況を理解した今川兵は、その後はそれほどの混乱もなく、次々と武装解除に応じてゆくのであった。


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