第2章 #2-3 笑う門には虎来たる。
#2-3 甲斐国 府中 躑躅が崎館 大永元年十一月二十一日
1521.11.21 side原美濃守虎胤
さて、話は上条河原の合戦の2日前に遡る。
今川が明日にも甲府に向けて進軍する準備が整ったと物見からの連絡を受け、
家臣一同は具足を揃え、みな躑躅が崎の館に参集した。
陣立ての発表がされる中、この今川を迎え撃つ一戦において、御屋形様は驚くべき下知をしなさった。
なんと御屋形様は、我ら足軽大将格の者まで、武田騎馬衆の先駆けに加えていただけというのだ。
本来、戦の一番槍を受け持つ先陣は、全ての武将の誉として、争ってでもその栄誉を受けんと手を挙げるものである。
「いいか、お前ら、今川はこの一戦、本気で俺を打ち倒そうと全力で向かってくる。だから、合戦の本陣では、俺と、供廻り衆が、きちんと今川の本隊を引き受ける。だから、虎の名を受け継ぐお前ら全員で、今川本陣の福島の首のみ挙げてこい。」
「ぜ、全員ですか。」
今まで足軽対象組は、騎馬が与えられるとしても大将のみであり、基本配下は足軽のみで騎馬での出動の機会などなかったのだ。
「ああ、そうだ、今回の戦ではお前らには、ずっと守らせる戦いばかりで、合戦の褒美を与えられる戦はしてこれなかったからな。」
「いや御屋形様、どの戦いにおいても、こんなに愉快な戦はありませんでしたぜ。何というか、相手を陥れいれる戦ってのは今までやったことなぞありませんでしたから。」
飯富兵部少輔虎昌が笑いながら応える。
「いや、某は、大島の合戦以来、あの福島めに甘く見られておるようで、うっぷんがたまっておる。ぜひとも一番槍は、某に任せていただきたい。」
騎馬で向かっていいというなら、ぜひとも先駆けに加えていただかねば、
某としても不破乱玖珠隊の指揮はやりがいはあるが、決して本陣まで迫ることなどできないからな。
「いやいや、それなら俺だって、今回は出番が少なくてイライラしておる。
馬上の弓扱いなら鬼美濃なんぞに負けやせんぞ。」
小畠山城守がやはり笑顔で口を挟む。山城守も虎の字を貰い虎盛を名乗っている。
「お主らに一番槍で遅れを取ったとなれば、譜代の家臣団として恥ずかしいわ。馬の扱いで儂に勝とうとなんぞ思うでないぞ。」
甘利備前守がズイっと前に出てニヤリとする。
甘利様は、信縄様が倒れた後から、ずっと信虎様に従ってきた家臣の筆頭として譲れないものがあるようだ。誰よりも先に虎の名を頂戴し、虎泰を名乗る。
「おやおや、信虎配下といえば、儂を差し置いて何をいうか、竹松様守役として、儂が先陣を勤めずして何とする。」
鼻息あらく割って入るは金丸筑前守虎義様。この人もめっぽう気が荒い。竹松様の前ではまことに温和で恵比須様のような笑顔なのに、戦となると顔色が変わる。
「とまあ、お前らみんな、俺も俺も、となっちまうから、今回は皆等しく先陣を勤めよ。まあ、本陣には、俺と(板垣)信泰が詰めるし、横田と多田淡路守が不和乱玖珠隊をまとめれば何とかなるだろう。お前ら全員できちんと福島の首を挙げて来いよ。」
口をはさむ家臣たちを咎めもせず笑顔で下知する。よっぽど機嫌がよさそうである。
ということで、さながら、本陣を攻める騎馬の先陣隊は、どの武者も、各部隊の馬巧者ばかりを集め、京で催される競馬のような有様。
かくして今川を討たんと躑躅が崎の館を出立しようとしたのだが・・・。
「はい、皆様方には、まず西に向かってもらいます。」
と萩原常陸介様の指示に
「は?今川は勝山城におるのだろう。なぜ西に向かう?」
「そうだ、陣を敷くにせよ、南に向かって、御味方有利の地を確保せねばなるまい。」
「大丈夫です。今川の本陣を敷く場所はこちらで決めてあります。」
との常陸介様の言葉。
「な何を血迷っておる。武田の陣を決めるならともかく、何故敵の陣の場所がこちらで決められる。」
「それは、合戦の場所をこちらの都合で決めさせていただいたからでごさいます。」
「それが、おかしいのだ。何故今川が儂らのいうことを聞かねばならぬ。」
「言うことを聞く必要はありませんが、結果、武田の決めた位置にて陣を張ると思われます。」
「何故そのようなことがわかる。」
「この戦、最初から最後まで、兵糧によって今川は踊らされておりますゆえ」
「申し訳ないが、御屋形様に虎の名を頂いた我らは、皆、頭の中まで戦いで一杯故、難しいことはわからぬのだ。」
みな頷いている。
「ですから、なにも疑わず、西に向かい、金丸氏の館に集まった後、装備を整え、御味方の配置が済んで、合戦の合図とともに、川を渡り、西からこの場所に向けて一所懸命に走りこんでいただきたい。」
「今川を挟み撃ちするわけだな。」
「いえ、今川は背後など気にしておられないと思いますので、丸裸の今川本陣のみを急襲し、騎馬武者の首のみ挙げていただければ結構。」
「足軽には目もくれるなと言うか?」
「もちろん歯向かうものはすべて蹴散らして下さい。」
「多分弓も槍も準備されておらないかと思います。」
「何故そのようなことが言える。」
「説明してもわからないだろうから指示だけしているんじゃありませんか。」
「た、確かに(((((うん!)))))。」
「この陣立ては、板垣様と私と、姫様とで検討して決めた配置です。」
「早くそれを言わんか。(((((そうだそうだ))))。」
「えっ?」
「姫様が決めたなら間違いなかろう。常陸介どのの言う通り動こう。」
こうして我ら「虎の名を継ぐ者たち隊(仮称)」は
一糸乱れぬ行動で今川の本陣めがけて駆け抜け。
迷うことなく戦い。
当然のごとく勝った。
今川の兵力の差や、装備などは問題ござらん。
某らの仕事は、言われたとおりに進み戦うことであり。
虎の名を頂いた以上。姫様の指示に従うは当然。
かくして当然のごとく今回も勝った。
必要なのはただそれだけであろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます