第2章 #2-2 泣くも一生 笑うも一升


#2-2 甲斐国 巨麻郡 上条河原 武田本陣 大永元年十一月二十四日

 1521.11.24 side原美濃守虎胤 


翌日、今川軍の戦死者を一帯から探し、今川の本陣の場所に集めた。


異例なことではあるが、今回の戦における今川兵の持ち物は全て一か所に集め、

乱取りの禁止を兵だけでなく、周辺の住民にも徹底させた。

乱取りとは、要は敗戦した側の兵の持ち物一切を浚って自分のものにしてしまうことである。

今回は武田が勝ったから良いが、武田が負けていれば、今川兵は甲府の街になだれ込み、町に押し入り、金目の物を強奪するはもちろん、町人を攫って労働奴隷として自分のものにしたり、女は犯したうえ人買いに売りさばくも容認されていた。

足軽たちはその役得あればこそ黙って遠く離れた甲斐の国まで戦いに赴くわけだ。


さて、戦に参加する今川の足軽は、基本自分の持ち物は全て持ち込んで合戦に

参加する。自分の衣服や、調理道具はもちろんであるが、食料や金も誰かに預けるわけにはいかない。

つまり、自分の財産全てを身に着けたまま戦う。

そのため合戦後には、隠れていた村のものだけでなく。落ち武者目当てに様々な者が戦場に現れ、戦死者の一切を剥ぎ取り、自分の者とする。

今回の合戦、今川の本陣に目掛け騎馬隊が急襲したために、今川足軽たちの被害は比較的少なかったのが、夕闇にまぎれた混乱の中、不運にも命を失ったものも多いだけでなく。本陣壊滅の声に、敗走を始めた今川の前線に向かって、我慢を強いていた武田本体の不破乱玖珠隊も、うっぷんを晴らすがごとく襲い掛かったものだから、河原の周辺は死屍累々の有様。


「南無阿弥陀仏」の念仏があちこちに聞こえる。

不外上人らに率いられた時衆の陣僧達が、今川、武田両軍の遺骸を弔っている。

その上人らが特に念を入れて弔っていたのが、福島本陣に従い今川の陣僧として同行していた叟順そうじゅんの変わり果てた姿だった。


「陣僧であったが、具足を身に着けておった故、区別が出来なかった。申し訳ない。」

某は不外様に首を垂れる。


「本陣のみに絞り攻めるは元より承知しておりましたこと。美濃守様に頭をさげていただく事はございません。


「それより恥ずかしきことに、陣僧として赴きながら、銭の病におかされておったこと。ほれ。」


法衣に具足を身にまとった僧たちが身体に巻きつけていた布を開くと、中身は銅銭がどっさり。

「僧たちも、今川からの給米を銭に替えておったか。」


今川軍への参陣に際し、軍に属するものは、足軽から荷駄役に至るまで、その合戦中の食を確保するために、10日毎に一人2升の給米が支給されていた。

駿府を出立したのが9月1日、その時より、すでに2月以上、各人には甲斐に入り、一般の兵向けの市が立った10月10日以降多くの兵が米を銭に替えていた。もちろん自分の食のため給米ではあったが、駿河の10倍以上にまで値上がりした米の値段に、日々の食事を切り詰めてもみな米を銭に替えていた。


「給米を銭に替えるなど。まあいい夢が見れたであろう。死んでしまえば元も子もないがな。」


そう、今回の今川兵の持ち物の略奪を禁止したのは、今川兵のほとんどが、体に銭を巻きつけて戦場に望んでいたからである。


武田軍にとって今川との戦は、防衛戦になるため、相手に勝ったからといえ、領地を得ることもできないため。経済的には大いなる損失なのだ。

だからこそ、戦死者の銭も、貴重な戦利品として、軍としてすべて召し上げる事となったわけだ。


「申し訳ないが、陣僧殿の形見の品は不外殿らにお渡しできると思うが、具足や、金目のものは武田軍が接収させていただく故、承知下され。」


「今川の兵は、一升の米に踊らされて泣いたか。」

経を唱えられた兵どもは、次々と身ぐるみがはがされ、武田の足軽たちの堀った穴に次々と放り込まれる。立派な具足を付けた武者は、それぞれ騎馬組の打ち倒したもののの名が書かれた書付が具足の上に置かれ、首を丁寧に桶に収めて並べられる。


こちらは御屋形様ご臨席のもと、首実検が行われ、挙げられた兵の位によって褒美も変わってくる。特に家臣級のものの首や具足、刀などの武具は、相手の今川方から返還の要求がされることもあるため、大事に保管される。

当然、只で返還することなどないので、それ相応の賠償のやり取りもついてくるわけだ。同様に、虜囚の身となった武士も、大事な人質として、本国からの要求があれば、身代金を受け取り返還することとなる。


「さて、首実検に向かわんとな。」

某は不外殿の元を離れ、今川本陣横に作られた、武田軍の陣に向かった。

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