第2章 #1-8 泣きっ面に 上条河原合戦
#1-8 甲斐国 八代郡 勝山城 大永元年十一月二十三日
1521.11.23 side福島左衛門尉助春
「それでは出立する。まずは上条河原に向け、先達は武田の動きをよく見張れ。」
儂は、供を引き連れ、本陣の騎馬に囲まれながら先頭を進む。
-今川軍は今回の侵攻に際し、甲府までの進軍路を富士川の中の川沿いに取った。
この時代富士川の流路は、その年々の災害の度に、甲府盆地の中心で流れを替えている。
この年、富士川の流れは3本に別れていた。一番水量が多いのが西方の現在の山梨大学医学部のあたりを流れる西流路、次が今の国道20号線甲府バイパス沿いを流れ、JR国母駅のあたりから現在の荒川に合流し、勝山城の手前で笛吹川と合流する中流路。そして一番流れが少ないのが現在の信玄堤と呼ばれるあたりから真っすぐ東に向かい、今の山梨県立美術館のあたりで貢川と合流した後、荒川と合わさり、現在の古瀬運動公園の東を通り、境川のあたりで笛吹川と合流する東流路である。-
今川の軍議で進路を決定するにあたり、東流路と、中流路の路が一番進みやすいことから、当然この路を通って進軍することが検討されたが、参謀格の道宗入道叔父は
「こちらが進みやすいは、向こうが侵攻しやすいという事、騎馬で進軍されるとこちらの動きが取れなくなる。ここは中流路の西を通れば、川の流れがそのまま盾の役目をする故、こちらは川岸に弓隊を配置して進めば騎馬は容易に近づけまい。」
との案を出す。もっともである。
さらに、
「この勝山城は、城という名は付くものの、廃城となって久しく、守りに弱くなっております。控えの城はやはり富田の城が守るにたやすいかと。兵糧と傷病兵は、ここより富田に動かすにも、丁度その進路だと真っすぐ富田に向かう道筋がございます。」
とは勘定方の言葉。勘定方は、今川が買い入れた虎の子の兵糧を守るに必死である。
実は先日儂が、兵への給米を、銭で渡すように変更したところ、大騒ぎとなったのだ。
-回想-
「こ、今週の給米は、無くなったのですか・・・。」
「無くなったのではない。今週より米の替りに銭で支給するように変更となっただけだ。勘定方で銭と米を交換できるから安心するように。」
「で、でも、十日毎に、40文というのは少なすぎるのでは・・・。」
「何を言う。駿河では一升20文で米を販売しておるのだから、10日で2升の米を給米で渡していたのだから、40文で間違いはなかろう。」
「し、しかしこのお金では、甲州の商人からは2合分しか米が買えませぬ。」
「別に甲州の商人から買わずとも、勘定方の交換所に行けば、一人2合までだが、1
合あたり2文で交換するぞ。」
「え、本当ですか?じゃあ急いで交換してもらおう!」
という事になり。競ってみな銭を毎日米に交換する事となった。
その結果何が起こったかというと。
「今日の分の2合の米を手に入れたぞ、昨日の分の米は穀物市のところで4合分の粟と交換したから、今日の手に入った2合の米は商人の市で全部売ってしまおう!」
と、足軽たちは勝山城出入りの商人に、米が手に入り次第まずその米を倍量の粟や稗やイモと交換してしまった。
今川軍から貰った米の代わりにそれらの雑穀を食べる。
次の日に今川の勘定方から2合の米と銭を交換すると、その足で態に入った2合の米を40文で商人に買ってもらう。
つまり、自分が米を食わずに雑穀で凌げば、10日後には給米の代わりに貰った40文は、雑穀10日分と200文に化ける。
この仕組みが足軽に広がるとあっという間に、貰った米は商人に流し、自分は蓄財する者が続出した。
「いやあ、この戦、天国見てえだなあ。ずっ~つと戦がないまま城で籠っていれば、どんどん銭が貯まるんでねえか。」
「んだ、こりゃあ武田様々じゃあ!戦で大勝してすぐに駿河に戻ったら大損でねえか。」
-回想終わり-
なんてことになったからさあ大変。足軽たちは結局米を腹に入れず銭に交換して、米は武田の商人に流れる。
勝山城に運び入れた米は10日目の給米交換時にはほぼ底を尽くということで、浅利様に泣く泣くあと100石の米を追加で買い入れる事となった。
駿河から持ち込んだ兵糧の残りと合わせ、兵糧の残りはあと10日分。
いよいよ合戦で勝たねば後が無くなってきたのだ。
浅利殿は
「戦で、勝山城を出るというなら、この100石の米は富田城に運んだ方がいいだろう。」
という事で、荷駄と共に、浅利様の領地と富田城の中間になる上条の郷まで、まず運んでくれるという事になった。
つまり今回のこの進軍ルートは、浅利様による兵糧の集積地点に向かって進軍するという形になる。
兵糧が合戦の陣のすぐ近くまで運んでくれるなら願ってもない事。
浅利殿本当に名君よ、なぜそなたが甲斐国の君主にならぬのか。
と思ってしまった。
まあ代金の500両は、証文払いにしてもらったが、まあ勝てば問題は全然ない。
という事で、早朝から勝山城を出立した我らは一路、浅利殿が手配して米を運び込んで先行している上条の陣まで川沿いに武田の軍勢を気にしながら進んでいった。
#1-9 甲斐国 巨麻郡 上条本陣 大永元年十一月二十三日
1521.11.23 side福島左衛門尉助春
早朝より進軍を進め二刻、ようやく、上条の荷駄の集積地に到着した。
浅利殿と一緒に来ておった商人がニコニコしながら儂らを待つ。
「ご注文の兵糧100石分こちらの庄屋の米蔵をお借りして納入してございます。ここを本陣としてお使い頂くもよし、ここから上条河原までは約半里、本陣はもう少し河近くに設営し、夜は寝所としてお使いいただくもよろしいかと存じます。」
「確かに、戦の陣に使うには手狭なれど、仮の寝床としては十分じゃ。いつも済まぬのう。」
「兵糧についてはいつでもご用命くださいませ。」
商人はにこやかにそのまま浅利殿の領地に向けて去って行った。
「伝令!~伝令!」
「如何した!」
「上条河原の対岸に、武田の軍勢が現れてございます。」
「儂らの動きに慌てて出てきおったわい。して数は。」
「前回と同じく、盾を構えた足軽槍隊が約500。」
「芸のない事よの。」
「しかし背後にも200の騎馬が弓を揃えて対陣しております。」
「ふむ200騎か、弓隊の代わりか。我が今川の弓隊は3千ぞ、200では勝負になるまい。弓の射程からすぐに逃げられるようにすべて騎馬にしたか?」
「河のこちら側で、すでに槍隊と。弓隊が河に沿って半里にわたり対岸に矢を向けて威嚇しております。とても武田の騎馬も突っ込んでは来れますまい。」
「武田の槍隊、対岸に陣を構築するようです。」
「ちょうど未の刻か、さすがにいきなり河を超えては来ないようだな。」
「はっ。武田の足軽部隊は、守りは堅いですが、その分動きはゆっくりです。あの恰好では、河を渡って進軍は出来ないでしょう。あくまで、我が軍が河を渡るのを待ち構える作戦かと思います。」
「これから日も傾くというに、陣立てとは気の早い。少し武田の肝を冷やすも良いな、前線部隊に武田を挑発した後、一斉に弓で武田を驚かすよう命じよ。」
「本格的に侵攻するのですか。」
「いや、まだ今日は対岸から射かけるだけでよい。河を渡って進めば自分たちがどんな目に合うか矢の壁で教えてやるのじゃ。」
「承知いたしました。」
「全軍武田の前方に陣を築く、決して、武田の軍に河を渡らせぬように弓と足軽を並べよ。」
にわかに陣中は騒がしくなる。
一刻もすぎぬうちであろうか、伝令が今川軍の陣立てが整ったことを伝えてきた。
「よし、武田に向けて鏑矢を放て、向こうの矢が止むと同時に、足軽は投石して威嚇。弓の斉射にて相手を削ってゆけ。」
「ぷゆゅるるるる・・・・・・・。」
甲高い鏑矢の音に続いて、一斉に今川の弓隊から矢が放たれる。
武田からはやはり矢の応酬はわずかなものであった。
今川の矢が止むと、そのまま今川の足軽たちが思い思いの大きさの小石を、対岸に固まる武田の足軽部隊に向けて投げ込みはじめる。
河原であるから石に不自由はしない。
武田の盾に石礫は阻まれているとはいえ、向こうもただ石を耐えるのみ、まったく陣を動くことが出来なくなっていた。
「我が今川の大軍を持ってすれば、武田の攻めなどどうという事もないわ、信虎めが、大言壮言を吐きおって、何が儂らに降伏せよだ!、片腹痛いわ!」
ああ、愉快じゃ、いくら守りに強い陣であろうと、攻めねば我らは倒せぬ道理。
河を渡る間もなく攻め続ければ、日も暮れてしまうわ、せいぜい縮こまっておるがいいわ。
そのまま、日が傾くまで、対岸の武田は全く動くことは無かった。
が、
「お、お屋形様。」
如何した。
「に、西より馬の群れが近づいてまいります!」
「供の者が絶叫している。」
「西だと!ま、まさか対岸は囮かああっ。」
西の道の先は富田の城、甲府は北である。
北西から北東にかけて流れる富士川沿いに、今川は厚く防御の陣を敷いていたが、
西は無防備。
これから後陣と荷駄隊は西の富田にむけて進もうと思っていたのだから、兵の意識はすっかり川向こうにあった。
「福島様!今なら南に下れば浅利様の領地、福島様の周りだけでもお逃げ下さい~!。」
「ええい分かった、皆の者とりあえず南に逃れるぞ~!」
一斉にわれらは馬にまたがり南に向けて鞭を当てた!
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