第2章 #1-6 泣く子も黙る 不外上人説得
#1-6 甲斐国 八代郡 勝山城今川本陣 大永元年十一月十一日 1521.11.11 side福島左衛門尉助春
「ささ、こちらにございます。どうぞ腰を落ち着かれますよう。」
本陣に姿を見せた使者に、陣僧の
気に食わぬ。駿河で旦那としてお主の寺を応援するわ我が福島家ぞ。
何故、武田からの使者にこのような礼をもって遇せねばならぬ。
「福島様、ななんと遊行上人二十四代
叟順、お主、まるで主人に尾を振る犬の様であるぞ。確かに不外殿は、時衆の最上位であるが、何故こちらの陣に参った。まさか信虎め、もう後はないと、不外殿に停戦の調停に参ったか。
「これは、ご苦労。不外上人殿とお聞きした。世に聞く上人様のお姿と相まみえ光栄に存ず。何もない陣ではあるが、ささ、楽にされよ。」
「これはご丁寧に痛み入ります。」
「ささ、駿河より持参した、緑茶にございます。まずは一献下さいませ。」
おい叟順、いつの間に茶など用意した。
わしの分の用意が見当たらんぞ、どういうことじゃ。
「さて、此度は、今川軍を率いる、福島左衛門尉にお願いがあって参上いたしました。」
うむ、いよいよか。
「福島殿は思慮深く、物事の道理のわかる、今川の殿ご自慢の直臣と聞き及んでございます。」
まあそんなに褒めずとも、まあその通りではあるがのう。
「福島殿だからこそ、正しい判断が下せると思いお話いたしますので、ぜひともわたくしの話を最後まで聞いたうえでご判断くださいませ。」
ふむふむ、信虎に少しは配慮せよとの事かのう。
まあ話だけは聞いてやるぞ。
信虎が命乞いすれば、信虎のお気に入りの側女くらいで許してやらんこともない。
まあ賠償金はキチンと頂くがのう。
「まずは、武田左京大夫様からの言付けはこの書状の通りにございます。まずはお目通りを。」
ふん、金を積んで得た左京大夫の位など偉くもなんともないわい。
手渡された書状を受け取り。
開く。
目にする。
「・・・。」
ふむ
「・・・。#(ビキ!)」
「如何されました。」
周りのものが表情の変わった儂に声をかける。
「・・・。##(ぷるプルプル)」
いかん。我は今川直臣、常に冷静である。
もう一度目を通す。
もしや信虎はうつけなので、礼儀という文字を知らぬまま文字をしたためやもしれぬ。
開く。
目にする。
「・・・。」
どう読み直しても、信虎の猿からの文の内容は変わらぬようだ。
「不外殿、信虎はもしや、字が書けないということはないか?」
「どうなされました。」
「いや、不外殿、この文のを読むに、信虎の言うにことかいてだな。・・・我ら今川勢を。」
「慈悲を持って遇する故、全面降伏されたし。」
「と書かれておるようにしか読めぬのだ。」
「いかにも。」
「!!!!」
師の言葉に叟順が慌てて口をはさむ。
「そ、そんな非常識にも程がありましょう。」
「叟順よ何を慌てておる。」
「確かに先の戦で、信虎軍は詭略を用いてわが軍を戦略的後退に向かわせました。」
うむ叟順、戦略的後退か、よき響きよ、今度使わせてもらおう。
撤退でも、敗退でもなかった。
戦略上後陣に軍を再編成したに過ぎぬ。
「しかし、わが今川軍の損耗はきわめて少なく、兵糧も確保され、戦意も上々でございます。何をして二千に過ぎぬ軍勢にそのような物言いされねばならぬのです。」
「叟順!」
不外殿は、その姿からは想像もつかない大音量で、叟順に声を浴びせた。
「陣僧は常に中立であれと常に教えた。今川はおのれの軍にあらず!」
「し、失礼しました。しかし、そうは言え、信虎の言いざまは、まこと失礼!」
「どこが失礼と申すか。」
口調が穏やかになったな。
「憚りながら、自らの5倍を有する大軍を前に、慈悲を持って降伏せよとは此れ如何に。全く福島様の軍勢を小馬鹿にした物言い、身の程知らずにも程がありましょう。」
「ではその身の程知らずの小勢に、福島殿は何故敗退した。陣僧として合戦の全てを目にしたのであろう。」
「それは、信虎が非常識な奇策を繰り広げ、また甲斐の領主も、自らの位置をわきまえもせず、今川方にもつかず、卑怯にも様子見を決め込んで・・・。」
「叟順も弁が立つようになったのう。」
「おほめ頂き光栄です。かように信虎は戦の常道も弁えず、卑怯にも・・・。」
「黙らんか叟順!」
「ひっっ!!」
「弱い犬は吠えるというが、泣きわめくでない。」
不外殿は、物凄い圧を持って、叟順の口をふさぐと、儂に向かった。
「さて福島殿、この信虎の文どうご返事いたす。」
不外殿もこの内容をご存じと見える。
儂のはらわたも煮えくり返っておるが、問いかけがあると言うことは
この信虎の言語道断な物言いも不外殿は承知ということ。
ふむ、カマをかけてみるか。
「不外殿も、今川が降伏するに賛成ということか。」
じっと不外殿を見据える。
相手もじっと儂の目を見ている。
「福島殿、此度の戦、何から何までおかしいとは思いませんでしたか?」
んっ?どういうことだ、不外殿は武田からの使者といえ、時衆の遊行上人。
常に冷静に中立を持って接するからこその上人であろう。.
決して信虎に肩入れすることはあるまい。
「おかしい、とはどういうことで御座いましょうかな?」
「此度の甲斐への侵攻、何故このように順調に国内に侵攻できたのでございましょう。」
「それは、今川が今までにない大軍を配して進軍したからであろう。」
「さて、前回今川がこの国中地域に侵攻したは何時の時か覚えておられるか?」
「永正十二年の大井の合戦であろう。」
道宗叔父が、口を出す。
「今川方の調停者として、兵の引き上げの立ち合いには宗長殿と共に儂が向かったから良く良く覚えておるわ。」
宗長殿とは、連歌師として名を馳せた宗祇の愛弟子であり、自身も連歌師として各国の大名と深い繋がりを持っていた。
「その際も、ここ勝山城に今川軍は取り残され、多くの足軽が飢えに苦しみながら甲斐から脱出したのでは無かったのですか。」
「その時とは兵の数も違う。その時は、信虎は富田を攻めあぐね、大敗して逃げ帰ったのだぞ。」
「さよう、その時と今とは全く様相は異なっておりましょう。」
「福島道宗入道殿、その時の今川軍の富田の城において、最も活躍した方を覚えておられるか。」
「おお、あの戦は愉快であったぞ、何しろ前評判では、大井の戦下手と、揶揄されておったからのう。今川が気張らねばと思っておったのに、若い姫様が陣頭指揮を取ったかと思うや、見る見るうちに武田の騎馬が泥田にはまり追って・・・。」
「姫をご存じか、今その姫はどうしておられましょう。」
「どうするもこうするも、大井は信虎めと講和してしまったせいで、今川は孤立したも同然、確か信虎に戦利品として嫁に取られたのではなかったか。美しい姫だったが、信虎になんぞ取られるくらいなら今川の者が娶れば良かったのじゃ。」
「武田の最大の戦果は、そして今川の最大の過ちは、甲斐の虎に、最上の知恵者を与えてしまったことでございましょう。」
「大井の姫はばらばらであった甲斐の領主たちを強く結びつけてしまいました。」
「信虎が勝てなかった城を容易く明け渡し、万を超える兵を軽く退け、今川軍が孤立したこの勝山城に、今また閉じ込められております。おかしいとは思いませんか。」
この言葉に今川の陣中は言葉もなく静まり返る。
「今川陣中の皆様には受け入れがたい事承知しております。
しかしながら、この講和のお話、相手の条件を飲むが一番賢い選択かと。
受け入れの条件については、わたくし不外、一身を賭して、今川の皆様を無事駿河へお連れ出来るよう尽力する心づもりでございます。」
「ふ、不外様・・・。これだけの大軍を持ってして武田が優勢と申しますか。」
叟順はそれでも引き下がらない。
「よい、叟順殿、今川の事は今川が考えよう。」
儂は叟順殿の言葉を押しとどめ、周りを見回す。
「不外殿のお言葉ありがたく頂戴する。しかしあまりに荒唐無稽なお話にすぐにはご返事しかねるのも事実。一日陣中で話し合った上で判断を仰ぎたい。済まぬが今宵は不外殿もこちらの陣内にて場を用意する故、お泊り頂けないであろうか。」
「もとよりそのつもり、福島殿にはわが時衆の者が多く厄介になっておると聞きます。駿河の教化の様子など、私も叟順らと話を深めたくございます。」
その晩は、遅くまで家臣との話が続く。
が、どうにも普通には受け入れられぬ状況に。降伏などとても受けれ入れられぬ論調が覆ることはなかった。
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