第2章 #1-3 今川軍の泣き所
#1-3 甲斐国 要害城 大永元年十一月四日 1521.11.4 side信虎
「そもそも今川が今回戦を急いだのは何故だと思いますか。」
荻原常陸介は竹松にゆっくりと話しかける。
要害城の広間において、俺は床几に肘をつきながら目の前の常陸介との話を眺める。
「武田の兵が今川より少ないから、甲斐の国のあちこちから兵が集まる前にやっつけようとしたのだと思います。」
「さすが竹松殿。そうですね。万の兵で2千を攻めるは今が好機です。」
褒められた竹松も嬉しそうだ。
「しかしそれなら、甲斐に攻め入り富田の城を奪ったその足でそのまま国府になだれ込めば良かったのでは。」
そうなのだ、何故ひと月も甲斐に居座ったのだ?
「それは、今川も戦続きでは疲れてしまうから、一休みしてからこちらに向かったのでは。」
「そうですね。兵も戦続きでは力も出せません。適当に休みを取るのも大切なことです。でもそれよりももっと大きな理由があるのです。」
いやいや、休みを取って英気を養う事より大切なことなどあるまい。
「どんな理由なのか教えてくださいませ。」
「まず、城攻めは5倍以上の戦力であたらねば落ちないというのが定説です。」
ほほう、そうか?それで城攻めではいつも俺たちは苦労していたのか。
絶対に俺たちの方が強かったのになかなか降参しないからおかしいと思ったんだ。
「そうか、2千の兵で守るなら、万の兵でも相応に戦えるのですね。」
え、5倍なんだから2千に2千の部隊を増やして、さらに2千で、ええと5回足すと・・・。
「竹松様、もしやすでに
おいおいまだ5歳の子供が、
「はい、
「椿様も、竹松様が聡いとはいえ、少し早すぎるのでは?
よろしい、ではもう少し難しい言葉でも竹松様なら理解できるやもしれませんなあ。」
難しい言葉と聞いて、竹松の目がキラキラしている。
なぜ難しい事をみな好んでしたがる。俺は頭を使うより身体を動かすが好みだぞ。
「今川は、兵を減らしたくはないのです。だから必ず勝てる戦しかしたくない。」
「それは、だれでも同じでしょう。」
「それは確かに、しかし今回の今川は、甲斐をまとめた信虎様が、今川の下に付く事を表明すること。もしくは、武田の宗主の地位を、穴山甲斐守信綱殿か、大井左衛門督信業殿あたりに譲らせるかが目的でしょうな。」
「父上が、なぜ今川の下に付かねばならないのですか!」
そうだ、なぜ新羅三郎義光の時代より連なる源氏の血をひく俺が、今川なんぞに下らねばならん。
「駿河の今川様は京の足利将軍家のご親族になる家柄、そして足利様は鎌倉殿をひらいた頼朝様と同じ血族の、八幡太郎義家の一族にございます。」
へえ、今川家は足利将軍家の一族だったのか。
それは偉そうにする訳だ。
「今川は武田を自分の家来だと思っているのですか。」
「そうですね。だから今川にとっては、いう事を聞く武田がいい武田なので、信虎の父君と戦った油川殿であろうと、穴山殿であろうと、誰が当主でも構わないのです。甲斐の国には武田の血を引く領主はたくさんおりますから、現在の武田当主である信虎様が今川に抵抗するようでしたら、他の武田親族衆の中から今川の言う事を聞きそうな者を当主に仕立てあげるでしょう。そのため今川は今回甲斐の国まで大軍で脅しに来たのです。」
「では、父上を殺しに来たのではないのですね。」
心配そうな竹松の声。
「そうですね。大軍で甲府の町を囲まれたときにお屋形様が降伏していたら、命はとられなかったでしょうな。」
「ああ、良かった。」
竹松が心底ホッとした顔をする。うむ親孝行な息子じゃ。
「その代わり。」
そうだろうな、降参してお終いな訳はない。
「今回の万の大軍が甲斐に侵攻するのにかかった費用全額の賠償は当然。
さらに今川に対し相応の物を贈らねばならなくなるでしょう。
また竹松様は、人質として今川の館に送られるでしょうな。」
「何故自分が今川に送られるのですか。」
「今川の元で、家来としての教育を受け、決して今川に逆らわないようにすることと、信虎様が謀反を考えたら、見せしめにするための人質です。」
「いやじゃ嫌じゃ。自分は駿河になど行きとうない。」
そうじゃ竹松、父もお前を放したりはしたくないぞ。
「駿河に送られたら、かかさまと勉強できなくなってしまう。」
おい竹松、父はどうした。
「勉強はどの地でもできます。駿河は京の文化も多く入っておりますから、この甲斐で学ぶよりもずっと多くを学ぶことが出来ますよ。」
おい備中守、なんでお前は駿河を勧める。逆だろう。
「ううむ、かかさまよりも優れた勉強かあ・・・.」
おい、竹松何を悩む、それより父はどうした。
「では、今回の今川軍は、大軍で父上を脅すためにやってきたと言う事ですか。」
何かケロッとしておるぞ?父は心配ではないのか?
「左様でございます。欲しいのは信虎様の首ではなく。甲斐の秋に実った兵糧でございます。下手に戦などして、兵を失えば、駿河に戻った時に遺族の者に賠償せねばならなくなりますからのう。」
いや俺の首の方が大事だろう。甲斐の国主だぜ俺。最重要人物だろ。
「では、かかさまと、萩原様がずっと心砕いていたのは、甲斐の武田の親戚衆が、今川にお味方しないための策だったのですね。」
ええと竹松、一応父が承認して決めた策なんだからね。
俺がお屋形、常陸介は部下だからな。
「さすが竹松様は頭の回転がよろしい。今川は富田に居座り、周りの領主が信虎様を見限って、今川にお味方するのを待ち構えておったのです。しかし、いつまで待ってもどの領主も今川になびかず。さらに兵糧が乏しくなってしまったので、仕方なしに甲府まで脅しに来たわけです。」
あらかじめ、甲斐国内の領主が一致団結していたとは今川も考えまい。うむ俺も考えられなかったがな。
「しかし、父上は脅しにまったく靡かず、逆に撃退してしまったと。」
そう、父は強いのだ。
「さて、これで今川軍は窮地に立たされました。万の軍で寄せれば、甲斐の領主は今川になびくと思ったのに、誰も靡かない。かといって甲府の城に集結しているわけでもないので、駿河本国に援軍を求めるわけにも行かない。大軍を養う兵糧は日に日に乏しくなる。」
全てお主が仕組んだことであろう常陸介よ!
「このまま駿河に何の成果も無く戻るわけにもいきませぬね。」
竹松の顔が、何か椿に似てきておる。な何故じゃ、竹松は儂の子じゃぞ。
「ですから、次に攻めてくるときは、脅しではなく必死に来るでしょうね。」
今川の万の軍が本気で攻めてくると敵わんな
「父様は大丈夫なのですか。」
お、おう本気の今川では無事ではすまんであろうな。
「お屋形様は敗けませぬ。何より今川にはもうすでに戦える馬がおりませぬ。」
「えっ?」
竹松驚いておるな。
「駿河より甲斐に侵攻した際、今川には1500弱の騎馬がおりました。」
「武田の騎馬は?」
「侵攻の時点で1000騎、先の戦いの時点で1500集まった。」
俺は、竹松に甲府に集まった騎馬の数を教えてやった。
俺も最初馬の数で敗けていては厳しいと思ったのだ。
ちなみに竹松、ずーっつと常陸介と話し込んで初めて口を挟めた。
父は寂しいぞ、いや寂しくなんかないんだからね。
「それが今や、まともに動ける馬は300騎もあればよいかと。」
「300騎しか残っていないのですか!」
父の方にも声を掛けようね。
「ケガをした馬は荷駄などに使えますが、戦いに出せるのはその程度かと。」
「そんな数では、武田の1500の騎馬に勝てるわけがないではありませんか。」
父にもかおを・・・
「さよう。ですから万の今川兵が幾ら攻めてこようと、すでに武田は敗けるはずはないのです。」
どや、竹松、武田の騎馬隊は凄いであろう。どや。
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