第2章 #1-2 今川の泣き言
#1-2 甲斐国 今川軍 貢川本陣 大永元年十一月四日
1521.11.4 side福島左衛門尉助春
「
「はっ。先の戦で、怪我人が多数出た故、傷病兵を寝かすにも
「確かにこうも冷たい風の吹きさらしのような場で陣を続けるは難儀なものよのう。では一旦富田に引くか。」
「それが・・・。」
「どうした、申してみよ。」
「はっ、富田に戻っても、蔵には兵糧も飼葉の貯えもございません。まあ兵糧は値が高いとはいえ市を通じ手には入ります。しかし飼葉は扱っておりませぬ。」
「飼葉など、藁でなくとも、周囲の雑草を刈って回れば良いではないか?」
「すでに富田の城の周りには、餌となる雑草など刈りつくしております。」
「ならば、西の大井殿に飼葉を回してもらえば良かろう。」
「大井の郷は、信虎の妻の里、つい先日、その大井夫人に信虎のややこが生まれたと伝わっております。」
「それが如何した?」
「我らは、その大井高雲斎のお孫さんを攻めようとしたのですぞ。さらに大敗したと知ったら、逆に大井から攻め込んでこないとも限りません。」
ううむ、確かに信虎と娘は仕方ないにせよ、生まれたばかりの孫と聞くと心揺れるやもしれぬな・・・。
「現状、わが今川に兵糧を適正な値で売ってくれたのは、浅利様のみ、さらに浅利様には我らの飼葉をお付けしてあります。それを買い戻すが一番頼りになるかと。」
そうじゃ、中立を保つと言ったにせよ、浅利殿は公平な御仁。敵にもなるまい。
「うむ、良き案じゃな。とにかくこの陣は吹きさらしで寒くて敵わぬ。早速浅利殿を頼ろう。すぐに使者を立てよ。」
「畏まりました。」
ーまあこんなわけで浅利の郷に使いを向かわせたのであるがー
「福島殿の窮状は理解するが、信虎と戦ったはそちらの都合。こちらは福島殿を追い立てはせぬとはいえ、当地に今川の大軍はとても受け入れられずとのこと。」
「そこを何とかだな。」
「とはいえ、今川の兵も戦って誉となる討死はともかく、飢え死には悔やんでも悔やみきれまい。先と違って今の甲斐の相場で良ければ、兵糧はご都合いたそう。ただし飼葉はすでに商人どもに買い取られた後、あい済まぬが融通できぬ故承知下されとのこと。」
「ううむ、仕方あるまい。今の相場が米一升200文であろう。仕方あるまい」
「いえ、先日より相場があがっております。」
「い、幾らじゃ?」
「米一升が250文となっておるそうです。商人はこれでもまだ値が上がると、兵の給米をこの価格で買い取ると申しております。」
「誠か!ううむ、戦の勝ち負けに値を釣り上げたかと思うたが、この値で買い上げるとは、武田も兵糧に苦しんでいるのやも知れぬな?」
「はっ。浅利殿は戦の前の一升200文の相場で提示しております。今の相場が相手に伝わる前に、さっさと買い上げるが得策かと。」
「誠じゃ、すぐに、浅利殿の出せる量全てを其の値で買い上げよ。兵にもそろそろ給米を渡さねば、次の戦の前に駿河に逃げ戻る者も出かねぬぞ。」
「承知しました。すぐに」
ーかくして今川軍は浅利の里から二百石の米を買い付けることに成功するー
「浅利殿より、二百石もの米を陣に運ぶわけには行かぬゆえ、今は空城となっている勝山の城に移られてはどうかと打診が参りました。」
「勝山の城とは?」
「ここより南へ2里半、浅利殿の領地の近くにございます。信虎と最後まで抵抗した油川殿の城、今は廃城となっております。そこに移り、兵糧を整えれば、まだまだ被害は軽微。半月もあれば兵の傷も癒えましょう。」
「うむ、信虎よ、せいぜい今は赤子にかまけておるが良いわ。
親子の別れの時をしばしの間待ってやるわい。」
「さすが福島殿、慈悲深い事でございます。」
「殿、実は兵の傷に薬も不足しております。」
「ええい、足軽の傷など放っておけ。」
「はい、しかし騎馬衆の中にも重傷の者がおり、薬は手に入るのですが・・・。」
「どうした、申してみよ。」
「商人の言うには、傷の軟膏が一瓶一貫と申しております。」
「一貫だと!(約10万円)法外な、足元を見おって。」
「いや銭で手に入れば良い方、米ならば4升で交換できるとのこと。」
「何?米の方が安く手に入るではないか。ええい今は騎馬衆と、馬の傷も癒さねばならぬ。銭ではなく米で手に入る分は確保せよ!」
「ええい信虎!口惜しいが今は勝山に陣を移すぞ。」
-今川は浅利殿との取引で一気に4千貫(約4億)の大金で米を確保した。
しかし200石の米の内160石は給米に消えることとなる。
さらに、薬や、武具の修理で10石が消費され今川の米の在庫は全く心もとないままであった。ー
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