第1章#9-4 混乱 今川本陣

#9-4 甲斐国 府中南一里 荒川飯田河原 今川本陣  大永元年十月ニ十六日 1521.10.26 side 福島左衛門尉助春


「チリン!チリンチリン!チリン!」

前線の騎馬隊が激突する頃、武田軍の音が変わる。


300の騎馬の勢いが落ちている。会戦したか?


「騎馬の勢いが落ちましたが、足軽の中に弓を潜ませていたようです。」


「数は?」


「こちらからは何とも、とはいえ、開戦前の状況で足軽の後ろに隠れていたとして、多くとも100程度かと。」


「ふむ、前列の馬は避けられまいが、全てが討たれることなどあるまい。近づけば馬上の槍が勝つ。」


「後続の足軽は如何に?」


「戦闘が河を渡り終えた頃でしょう。対岸に渡ればあとは3町程度。」


「うむ万全を期したが、足軽が届く前に騎馬がうち倒してしまうやもしれんな。」

騎馬はやはり戦では強いのだ。


「武田本陣の動きは?」


「足軽の後ろ、僅か1町に500程固まっておるのみ。先の戦いで足軽の守りに自信をつけたか、守りが薄く見えます。」


「両翼を動かせば、また騎馬が現れるやもしれぬ。弓隊を前進させ、本陣の馬が少しでも動けば、そこに向けて打ち込め。決して前線に近づけるでないぞ。」


「はっ、伝令、弓隊全隊1町前進本陣を弓の射程になるまで進めよ。」


騎馬が武田の前線部隊と戦っているが、相手もよく牽制しているようだ、

その後弓の放たれる気配も止んだ。

馬上から槍を突こうとしているが、武田の盾に阻まれ、うまく中に入れないと見える。


武田の陣の後方の山から煙が立ち上る。

「何か動きがあるか?」


さて、左から来るか、右から来るか。

左翼も右翼も、1000の足軽と、1000の弓で待ち構えておる。どちらから騎馬が現れてもすぐに迎え撃つ!


「先頭の足軽隊、武田に届きます。」


その時太鼓の音二つ

そして、大きな掛け声

「ふーっ!」


すると、武田本陣の前方の兵が一列に並びたつ。


そして、弓が一斉に放たれた。


「「「「ビシュッッッッ・・・」」」」


「えっ!!!」

正面の武田の足軽隊に向けて!


「み、味方の背に向けて矢を射るか!」


弓は強力な武器であるが、合戦中に双方が混戦となっている状況では弓が引かれることはない。


その為、今川の足軽は武田の足軽部隊にさえ届けば安心と社二無二に駆け込んでいた。


そこへ飛び込む矢の雨。騎馬武者は、慌てて矢を避ける。


転進するも後ろからは足軽の群れ、横に逃れようにも、左右に転がり広がった米俵が障害物となり真っ直ぐには逃げられない。


武田の足軽隊は、盾で後ろの矢も守っている。

前線は大混乱に陥った。


そして、その弓の斉射の音と同じくして、正面の甲府の門が開き、騎馬の列が真正面に向かって走りこんでくる。


100?200?いやまだまだ続く


味方の背面に打ち込まれた矢に、あっけにとられたその空白の間を

武田の騎馬隊は見逃さなかった。


「や、矢を向けて騎馬を撃てぇえええええ!」

儂は叫ぶように指示するも、


「弓隊は前進の命令を受け移動中です。」


「すぐ立ち止まり武田に向けて討てええぇ!」


「無、無理です。目の前にお味方の騎馬衆に足軽の背が!」


「え。ええい。前の足軽隊に突っ込まれるではないか!」


武田の騎馬隊は左右2隊に分かれ、今川の足軽を左右から包囲するように駆け込んでくる。


「ええい左翼と右翼でそれぞれの騎馬を囲めい!」


伝令が向かい、左右の軍を真ん中に移動させるべく動く。とはいえ、左右のどちらかから騎馬がやってくるであろうかと備えていたため、千の群れはそうそう急には動けない。


「まずいぞ、中央の足軽達が囲まれる!ええい腹立たしいっ!」


しかし、今川軍本陣は誤解していた。


武田騎馬隊は左右に分かれ、前線を包囲しようとしていたのではなかった。


武田の騎馬軍は、河を渡り切った足軽の塊を


河をそのまま渡り切ると、


1列に突っ込んできたのである。


千もの数の弓隊に正面から突っ込む騎馬隊は普通はいない。


しかし、横一列ではない、縦二列になって続いてくる騎馬を、後方で安全な状態で弓を打っていた部隊がそうそう対応できるものではない。


弓隊への指示も混乱していた。


最初は前進して、武田本陣との距離を詰め、上方に向けて矢の雨を降らし騎馬を牽制する予定であった。


それが、距離を詰めて移動している間を狙って、武田の騎馬は前線の混乱した塊に走りこんできた。


弓隊がその塊へ矢を向けるのをためらっていると。


その矛先が自分たちに向かってきたのである。


前列の弓兵は慌てて正面に矢を向ける。


が、後列の弓兵はどこへ弓を向ければよいかわからず慌てるのみ。


正面から迫る騎馬は、槍兵の守りの無い弓兵にとって恐怖以外の何物でもない。


本来なら必中の間合いまでギリギリまで射るのを待つべきである。


が、しかし、恐怖は、それを待てなかった。


「びゅっ・・・。」


矢は馬に届くことなかった。

もしくは、軽くいなせる勢いでしかないものばかり。


逆に勢いを増して進む馬列は、一気に弓隊に突撃する。


弓兵は身軽な兵装である。


重い具足を纏っていないだけに、相手が突っ込んでくると分かった弓兵の動きは迅速であった。


馬列の正面から我先に逃げ出した。


まあ当然であろう。


誰だって正面から向かってきた馬に轢かれたくはない。


まあ、逃げ遅れた何人かは馬に蹴られて命を落としたのだが、どの戦でも運の悪い奴はいるのだ。


そして、その状況を見て、


武田軍の意図を正確に把握した者たちがいた。


おわかりであろう。


今川本陣の福島大将とその一行である。


今川本陣は大将以下精鋭の騎馬隊で守りを固めている。


騎馬だけで200を揃える。


当然足軽や弓兵も守りを固めている。


とはいえ、はなから攻められるとは微塵も思っていなかった本陣である。


それが、300を超える騎馬に攻められている。


大将福島の決断は即決であった。


「引けっ引けーっ!」


今川本陣の逃げ足は早かった。


しかし、右翼、左翼の軍はともかく、中央の足軽衆は大変であった。

退却の合図に、騎馬は足軽を踏みつぶすようにして撤退する。


武田の騎馬もそれを無理に追わなかった。


とはいえ、黙って敵兵を見送る必要もない。

目の前に立ちはだかる敵は容赦なく切り結ぶ。


第二次飯田河原の合戦での今川軍の被害は

死者100名余。 騎馬200を失う。

怪我人の数は中央の足軽がひどく、重傷200以上。

軽傷も含めると立ち向かった半数以上が傷を追った。


今川軍は飯田河原から撤退し、後方の貢川の陣にて怪我人の手当にあたることとなる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る