第1章#9-2 今川騎馬隊の接近
#9-2 甲斐国 府中南一里 荒川飯田河原 今川の陣 大永元年十月ニ十六日 1521.10.26 side福島左衛門尉助春
「武田の山猿め、芸のないことよ、前回と全く変わらぬ布陣であるな。」
「それは、つまるところ、信虎にお味方する領主がおらんからです。自分の領地の面前で、自国の商人が堂々と今川に商いを行い、それを止めることすらできませぬ。いかに信虎が軽く見られていることか、さらに物価も高騰しており、なんと米一升がなんと200文と聞きました。こんな法外な値段、民の怨嗟の声が聞こえてくるようです。」
「うむ、早く甲斐の民を信虎の圧政から開放してやらねばのう、儂なら、民に信虎の半値一升100文で米を売り渡すワイ。甲斐の民百姓は泣いて喜ぶことであろうな。」
「その儲け話、拙者にも噛ませてくだされ。駿河の米なら10文で集まりますからなあ。」
「これこれ、儲け話とはなんだ、苦しむ甲斐の民を救う善政の話をしておるに(笑)。」
「お戯れはともかく、武田の陣が変わらぬのなら、手はず通り進めるといたしましょう。」
「よし、では者共、今川の戦を見せつけてやれ。弓隊前に〜。」
大きな太鼓
そして、弓が目いっぱいに張り伸ばされて。
「「「「「「ビシュ」」」」」」
もう数え切れないほどの矢が一斉に眼前の壁のように見える塊に降り注ぐ。
「「「「「「ウォォォォォォォ・・・」」」」」」
そして、矢が放たれたと同時に、300騎の騎馬が一斉に河を渡り、矢の群れを追いかける。
「「「「「「グオウォォォォォォォ・・・」」」」」」
「「「「「「ワァァアアアアォォ・・・」」」」」」
「「「「「「グオウォォォォォォォ・・・」」」」」」
一斉に足軽1000が駆け出す。
「ファッハッハッハッハッ。」
僅か五百の足軽に三段構えの連続の攻めはやりすぎだったかもしれんな。
まあ今川の本気を味わうが良い。
矢の雨が武田の足軽目掛け降り注がれているのが良く見える。
直ぐにその矢の群れを追うように騎馬が走りこむ。
武田軍から、けたたましい鐘の音が鳴り響く。
固まっていた盾が動く。
今川本陣からは、前方の自軍の動きが盛大すぎて、とても武田の動きは見通せなかった。
#9-3 甲斐国 府中南一里 荒川飯田河原 武田不破乱玖珠隊前方 大永元年十月ニ十六日 1521.10.26 side 今川軍騎馬隊
目の前の川を軍馬は次々と流れをものともせず渡ってゆく。
騎馬隊は槍を備え、目の前に固まる武者の群れを蹴散らすべく身構える。
福島様の仰る通り、目の前の武田は、矢を避けるために、全体で密に固まり、盾を上方に重ねて守っている。
さすがに大量の矢の雨に、槍も手放し、必死に守りに徹していると見える。
槍を構えなおす前に、前方に到達すればこちらはたやすく蹴散らせよう。
500の足軽にとって300もの馬の群れが迫るは、津波が押し寄せるが心地に違いあるまい。
石だらけの河原を抜け、赤土の混じった草原に入ると、鞭をあて、馬の速度をあげてゆく。
足軽の塊は、河原から見れば3町ほど先の少し登った高台にあるが、騎馬にとっては目と鼻の先である。
まだ槍はこちらに向いていない。
あわてて槍を構えても馬の勢いには敵うまい。
笑みを浮かべながら、速度を一段上げる。
そして、場列の戦闘が1町を切ろうというとき、
武田の陣からけたたましい鐘の音が鳴り響く。
同時に武田に動きが見られた。
正面にある盾兵がみな盾を横に向け、正面に隙間が出来る。
いよいよ槍が構えられるか、遅いわ!
と、前方に
「俵?」
米俵がゴロゴロとこちらに転がってくる。
中に何か入っているやも知れぬ。
勢いを緩め、俵を飛び越える。
次々と馬列に俵が転がり、しかし急坂から放られたわけでもないため
米俵はゆっくりゴロゴロと向かってくる程度で、避けるのも造作ない。
とはいえ、真っ直ぐ駆け抜けるつもりであった馬列の勢いは落ち、すると後続は徐々に速度を落とさねばならず、後列の100騎ばかりは足を止めてしまった。
太鼓が打ち鳴らされる。
「「「「や~や~や~や~」」」」
俵を放出した武田の足軽隊は、太鼓の音に合わせ、盾を一斉に正面に戻し、槍を構えた。
「奇妙な馬防柵もあったものよ。武田の柵とは、この米俵の柵か!」
確かに柵を準備する間も我らは与えなかったのだから、苦し紛れの柵として
坂の上から転がるものを落とせば、向かってくる我らの足止めには有効であろう。
しかしこんな米俵、馬にとってはなんの苦も無く避けられる。
槍の間に遠く、いったい何がしたいのだ?
チリン!チリンチリン!チリン!
武田の軍が鐘の音に変わる。盾の後ろに、武士が列を成す。
50ほどの弓が列をなす。
僅か50の弓。
しかし、走りこむ馬列にとっては避けようのない間。
「これを狙ったか。まあ多少の矢は覚悟の上、そのまま参る。」
50の矢で300の馬は狙えない。
そして、次の矢を放つ前に、後続の馬列が押し寄せ、それに抗う間に
槍を抱えた千の足軽の波がやってくる。
「所詮悪あがき、戦は数よ。」
今川の騎馬武者は、飛んでくる矢が馬に当たるを感じ、自ら後ろに飛んで、その勢いを減じる。
落ち方が不味ければ、後続の馬列に踏みつぶされるやもしれぬ、まあそれも儂の戦運。
うまく落ちれば、馬を盾に、武田の武者の首が狩れるというもの。
足軽どもに褒美を掠め取られぬまえに、一番槍の栄誉は誰にも渡さぬ。
馬が射られたこの状況においてなお、今川の騎馬武者たちは自軍の勝利を疑うことはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます